しばらく前からSNSなどでよく見かけるようになった(語彙力)という言い回し。
好きなアイドルとか作品とかキャラクター(つまり推し)に対して、その素晴らしさを説明したいんだけど自分の拙い語彙力ではとても表現しきれない、といった意味合いで使う。
用例
えっ·····ヤバい(語彙力)
いい感じのカフェ(語彙力)行きたい〜〜〜
◯◯様!尊い!好き!(語彙力)
これって本気で自分の語彙力のなさを嘆いているわけではなく、それぐらい推しが尊いということなので、ある種の謙遜のような、つまり自分を下げることで相手を上げるという構造になっている表現なんだろう。
「どんなに言葉を尽くしても足りない」的な表現は昔からあったし、英語にだってほぼ同義の「speechless」っていう言葉があるので、インターネット以降の感情というわけではない。
speechlessの意味・使い方・読み方|英辞郎 on the WEB
古今東西、人間は尊さの前で言葉をなくしてきた。
とはいえ、(語彙力)っていう言い回しが重宝される状況っていうのは確かにあって、近年ますます使い勝手がよくなっていってるのも事実。
本当に言葉で言い表せなかったのか
(語彙力)っていう言い回しには、どうしてもある種の安直さを感じてしまう。
つまり、自分の言葉で推しの素晴らしさを言葉で説明しようとしていろいろ苦しんだ結果、自分が知っている言葉では言い表せなかった、というルートをたどった末に(語彙力)に行き着いたのか?っていうこと。
そうではなく、ハナから言葉で表現するつもりもなく、簡単な言葉で何か言った感じになれる(語彙力)に頼っているんじゃないかと。
誠実な(語彙力)と安直な(語彙力)があるとして、最初は誠実に言葉を尽くして、どうしても言い切れないときだけ(語彙力)を使っていたような人も、おそらく徐々に安直な(語彙力)に流れていってしまっているっていうのもありそう。
どっちのルートをたどっても結局アウトプットが(語彙力)になるんだったら、そこにかける労力は少ないほうがコスパいいもんな。
あと、安直というか安心を求めて(語彙力)を使うっていう心理もあるでしょう。
どんなに配慮したつもりでも明後日の方向からクソリプが飛んできてしまうこのご時世、ましてや自分の推しの話題で炎上なんてしてしまった日には推しにも迷惑がかかるし…って感情はすごくよくわかる。
何かしら説明のための具体的な言葉を使うと、その具体性という出っ張りが揚げ足取りの余地になってしまうリスクがあるけど、(語彙力)という、揚げ足の取りようがないツルっツルのほぼ球体の言葉にはそのリスクがないということ。
また、クソリプでなくても、知識面でツッコミを食らうのも鬱陶しい。
ならばと、下手に客観的なことを言うのではなく、すべてを「個人の感想です」の枠内に収めておくという、さながら薬事法を気にしながら健康食品のコピーを書くコピーライターみたいなマインドでSNSに向き合ってる人は多いでしょう。
自分の好きなものについて具体的に何か言うっていうのは、リスクだけ高くて得るものが少ない、そんな時代。
でも、自分の「好き」を他の誰かと共有したい、伝えたい、っていう気持ちは多くの人が持ってる自然な感情なはずで。
そんなときに、(語彙力)のような、すでに推しの良さをわかってる仲間うちでしか通用しないフレーズしか持っていないと、やはり困るのではないでしょうか。
(語彙力)を超えて
じゃあどうすればいいか。
批判とか炎上とか気にすることないよ!思ったことをそのまま言葉にすればいいんだよ!みたいなのはただの開き直りにすぎなくて。
やはり、実際の「語彙力」を身につけることが大事だと思うんですよね。
その推しアーティストは、同時代の他のアーティストと比べてどこがどうすごいのか、同ジャンルのアーティストと比べてどこがどうすごいのか。
または、偉大なる先輩からどんなバトンを受け継いでいるのか、次世代のアーティストにどんな影響を与えたのか。
どんな時代の空気を身にまとって登場したのか、デビュー後どんな成長を遂げたのか。
楽曲構成、コード進行、アレンジ、歌詞、演奏技術、歌唱力、パフォーマンスといった要素のどこが特にすぐれているのか、独自性があるのか、おもしろみがあるのか。
「語彙力」というのはたとえばそういった切り口のこと。
「批評」と言い換えてもよいでしょう。
あ、これって、別に冷静になろうっていう話ではなく、熱量と批評性は両立します。
むしろ、熱量と批評性を両立させて誰よりも熱く誰よりも深く語ることができたら、誰も気安くクソリプなんて飛ばせなくなるでしょう。
美学校オープン講座「ポピュラー音楽批評」のご提案
(語彙力)って気軽に言っちゃうのではなく、本当の「語彙力」で推しを語りたいという皆様。
LL教室のオープン講座「ポピュラー音楽批評」はいかがでしょうか!!
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毎月第2日曜の夜、神田神保町の美学校で開講しますが、オンラインでの受講も可能!
前期は九州や海外からも受講していただきました。
リアルタイムで受講できなくても、アーカイブ受講もできますし、われわれ講師への質問もDiscordで随時受け付けています。
年齢や音楽の趣味やライティングの経験などは問いません。前期も受講生の方のバックボーンがものすごく多様で、われわれもむしろその多様性を楽しんで講義できました。
前期の受講生の方々が個人テーマとして持ち込んでくれたのは、BUMP OF CHICKEN、スピッツ、DA PUMP、Sound Horizon、桑田佳祐、星野源などなど。
基本的な教養として1960年代〜2020年代の歌謡曲〜J-POPの通史を解説しつつ、受講生の興味関心が強い領域や、LL教室として重要だと考えているトピックを深堀りしつつ進めていきました。
音楽の聴き方・語り方がガラッと変わるような視点をたくさんご用意してお待ちしてます!
よろしくお願いします!
(最後に、語彙力がないのにマウンティングしたい欲望を抑えられない音楽評論家はこうなるっていう実例をどうぞ)