森の掟

J-POPやメタルやフェスや音楽番組なんかの批評(という名の無益な墓掘り行為)

ZAZEN BOYS『らんど』を聴きながら、新宿革命記念公園があり得た世界線を妄想してみる

ZAZEN BOYSの12年ぶりのアルバム『らんど』を聴いています。

 

リリースに先行してビデオが公開された『永遠少女』をはじめ、ファンク寄りに研ぎ澄まされたバンドサウンドと、現実と空想の境目がわからなくなる情景描写が特徴的な、世界中ここにしかないZAZEN的世界が13曲も入ってる。

 


いろんな要素がある中で、個人的に注目したいのが、1曲目「DANBIRA」に登場した「新宿革命記念公園」というフレーズ。

 

 

この「新宿革命記念公園」は、2008年の「asobi」という曲が初出。

「asobi」は『ZAZEN BOYS 4』に収録され、その後のライブでもアレンジを変えてたびたび演奏されてる。

 

 

当時からこのフレーズがものすごく気になっていて、今回また出てきたので嬉しいのです。

だって「新宿革命記念公園」って。

 

そんな公園は存在しないんだけど、言葉としてあまりにも収まりがよすぎて、一瞬ほんとにあるんじゃないかと思わせてしまう。

 

ナチスが連合国に勝ってしまった『高い城の男』や、大日本帝国が降伏していない『五分後の世界』のような、あり得たかもしれない世界を描いた作品を読んだときと同じSF的想像力を、たった一言でものすごくかきたててくる。

 

 

では、ここではない別の世界の新宿に「新宿革命記念公園」があるとしたら、それはどんな公園なんだろうか。

 

 

まず、革命記念公園が現在まで存在しているということは、過去のどこかの時点で日本に革命が起こって、しかもその政治体制が現在まで続いている必要があることを意味する。

 

たとえばロシアだと、ロシア革命が起こって王朝が倒れ1922年にソビエト連邦が成立したんだけど、そのときに何らかの革命記念公園が作られていたとしても、1991年にソ連もまたなくなっているので、そのタイミングで革命記念公園から別の名前に変わっているはず。

 

もしくは、過去のどこかの時点で日本に革命が起こって、その政治体制が維持されなかったとしても、現在の政治体制はその革命を肯定的に評価しているパターン。

 

たとえば中国において、現在の中国共産党政権は、かつて中華民国と内戦状態だったんだけど、中華民国による辛亥革命については実は肯定的に評価しているらしく、現在も中国に辛亥革命記念公園は存在している。

 

 

このどちらのパターンだったとしても、過去のどこかの時点で日本に革命が起こっている必要はあるんだが、日本の歴史上、もっとも革命の可能性があったのはいつだろうか。

 

革命とは、定義としては王朝だったりそれまでの政治体制が覆されること。

それでいうと、徳川幕府が覆された明治維新を革命とする解釈は当然あり得るけど、「革命」ではなく「維新」と呼び習わしているこの世界では、日本で革命と名のつく体制変更は行われていないので、「新宿革命記念公園」が存在する世界では、明治維新とは別の「革命」が起こる必要がある。

 

では、明治維新以降に日本で体制を覆すほどの革命を起こせる勢力といえば誰になるか。

そもそも革命は単なる政権交代ではないので、たとえばかつて自民党から民主党政権になったことがあったけど、あれは革命ではない。

もっと根本的に、政治体制そのものが覆される必要がある。

 

ここまでのことを前提として、「新宿革命記念公園」が成立するストーリーを妄想してみた。

 

 

1945年の敗戦により、大日本帝国が解体されるところまではこの世界と同じ。

その際、アメリカなどの戦勝国側は、昭和天皇を戦犯として起訴したり、天皇制そのものを廃止することを検討していたらしい。

それはそうで、普通に考えると、大日本帝国を解体するにあたっては、最高権力者だった天皇に責任を取らせたいし、ましてやそのまま残すという選択肢はない。

 

しかし、実際には昭和天皇は退位もせず、新しい日本国の象徴として残されることになった。

戦勝国側が日本を統治するにあたって、現実的にそのほうがやりやすいと判断したから。

日本占領の責任者だったマッカーサーは、「天皇を起訴すれば日本の情勢に混乱をきたし、占領軍増員が必要となるだろう」と本国に報告している。

 

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この戦略がうまくハマったのか、戦後の日本はアメリカの思惑通りにあっさりと民主主義国家として歩み始めた。

 

もしもここで、昭和天皇東京裁判で裁かれることになって、別の皇族が新しい天皇として即位していたら、日本国民はこうもすんなりと連合国の占領体制を受け入れたかどうか。

象徴天皇制日本国憲法財閥解体といった、戦後日本のかたちは同じだったとしても、相当なわだかまりが残ったんじゃないだろうか。

 

この世界線の戦後日本では、日本社会党日本共産党は戦後すぐに合法的な政党として国会にたくさんの議席を持つことができたけれど、昭和天皇が裁かれた世界線の日本では、占領軍はもっと高圧的な統治を強いられていたはずで、日本社会党日本共産党は存在できなかったかもしれない。

戦後日本を支えた官僚組織についても、実は大日本帝国の体制が温存されていたんだけど、そのあたりもどうなっていたか。

 

となると、戦後日本の占領軍や保守政党に対する民衆の不満は、議会制民主主義の内部で健全に反映されることなく、水面下で蓄積されていくことになるんじゃないか。

 

そして、どこかのタイミングで、革命として爆発する。

そのタイミングはおそらく、1960年前後、労働争議が多発しているさなかの日米安保条約改定あたり。

 

当時、この世界においても、日米安保に対する反対運動は日本を席巻していた。

反対運動のあまりの激しさに、鎮圧するための人手が足りず、岸信介首相はヤクザの手も借りたほど。自衛隊の治安出動も検討された。

 

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占領軍の統治が成功したこの世界線においてもこの規模の騒乱になったほどなので、天皇が代わった世界のほうでは、もっと激しくなるに違いない。

 

正当性のない傀儡天皇を拒否する右翼、非合法政党としての社会党共産党アメリカの属国扱いに不満をもつ政治家、劣悪な労働環境に怒る労働者、ソ連のスパイ、憂国の学生たちが一斉に蜂起して、ついに革命になるみたいな感じ。

 

 

こう考えてみると、この「昭和革命」は、ほんとにちょっとしたボタンの掛け違いであり得たんじゃないかなと思う。

新宿革命記念公園という言葉に宿る、確かな手触りは、それがこの世界のすぐとなりに存在するっていう実感からきている気がする。

 

 

そんな新宿革命記念公園には、どんなモニュメントが建てられるだろうか。

 

この人か。

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それともこの人か。

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それとも、こういう感じか。