森の掟

J-POPやメタルやフェスや音楽番組なんかの批評(という名の無益な墓掘り行為)

美学校「歌謡曲〜J-POPの歴史から学ぶ音楽入門・実作編」2021年度をふりかえって

今年度、美学校で「歌謡曲〜J-POPの歴史から学ぶ音楽入門・実作編」という講座を担当しました。

 

そして、ありがたいことにこの講座を来年度もやらせていただくことになりましたので、受講を検討されている方の参考になればと思い、今年度の講義をふりかえってみようと思います。

 

年間の授業内容はこんな感じでした。

第1回

概論「リズム歌謡」を考える(1)/1945-1968

第2回

講評①

第3回

「リズム歌謡」を考える(2)/1945-1968

第4回

講評②

第5回

フォーク~ニューミュージック/1969-1976

第6回

講評③

第7回

バブル・YMO・産業ロック/1977-1989

第8回

講評④

第9回

「J-POP」を考える/1990~2000

第10回

講評⑤

第11回

ポスト「J-POP」を考える/2000~

第12回

講評⑥

 

進め方は

  1. 戦後から2020年代までを時代ごとに5つに分け、それぞれの時代の音楽の特徴をじっくり解説します。
  2. 講義の最後に、その時代ごとの音楽の特徴をふまえた課題をお出しします。
  3. 各自で課題にそった楽曲や歌詞、コンセプトなどを制作していただきます。
  4. 次回の講座でわれわれが具体的な講評やアドバイスをします。質疑応答もたっぷり。

これをひとつのサイクルとして、6回繰り返します。

 

ちなみに、教室に足を運んでの受講のほかに、ZOOMを通じてのリアルタイムオンライン受講や、後日動画のアーカイブをご覧いただくことも可能ですので、日曜の夜のスケジュールが合わせづらい方や、地方在住の方でも大歓迎です!

今年度の受講生にもオンライン参加オンリーの方がおられましたが、結局課題の提出率はその方がもっとも高かったので、離れていることはあまり不利にはなっておらず、参加意識次第かなと思いました!

 

講義の特徴

日本のポピュラー音楽を通史的に語るやり方はいろんな切り口があります。

 

われわれLL教室が意識したのは、時代ごとの音楽のスタイルや産業構造や世の中の空気と、アーティスト個人の人間性のかかわりを見ていくこと。

 

その際、「洋楽分の邦楽」という切り口を提唱した大滝詠一の分母分子論と、そこからインスパイアされて「規格分の人格」と捉えなおしたマキタスポーツの分母分子論を思考の枠組みとしてフル活用しました。

 

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▲実際の講義資料より。分母分子論の重要性について

 

どんな名曲であっても、天才が何もないところから生み出したわけではなく、必ず時代の影響を受けていると思っています。

 

時代の影響といっても、単に流行していたジャンルを取り入れたという部分にとどまりません。

 

録音機材、出身地、世の中の景気、政治、聴取環境、メディア、音楽以外の流行など、いろんな要素に影響をうけてポピュラー音楽は生まれます。

アーティスト本人はその各要素に自覚的だったり無意識だったりします。

 

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▲実際の講義資料より。音楽性そのものに影響を与えたテクノロジーの話

 

たとえば現在「シティポップ」と呼ばれている音楽について、当時はざっくりと「ニューミュージック」と呼ばれていたものの中から、一部が現在「シティポップ」と呼ばれるようになりましたが、その分かれ目はどこにあったか。

 

たとえば作詞家という商売が定期的に注目されたり廃れたりしてきたのはなぜか。

 

たとえばウォークマンやカラオケやサブスクはヒットする曲の傾向をどう変えたのか。

 

こういった各時代ごとのトピックについて掘り下げていきつつ、70年以上の時代全体を通して、ヒット曲の構造に共通するものを取り出していこうとしています。

 

課題は経験者向けと未経験者向けの2種類

今年度の受講者の方は、すでにしっかりした環境で楽曲制作の経験が豊富な方から、作詞作曲などまったくの初心者という方まで幅広かったため、課題については2つの軸を用意することを心がけていました。

 

■経験者向け課題

作詞作曲や編曲がすでにできる方であっても、手クセからの脱却は難しいです。

また、尺やコンセプトなどについて制約がある発注にこたえるという部分も、ある程度の経験や発想の転換が必要になります。

 

自由でクリエイティブな楽曲制作と、お金のためにやる楽曲制作というのは本当に対極にあるものなのか?という問いに、戦後の日本の音楽家たちの歩みを考えることで答えを見出してもらえればと思っています。

 

われわれLL教室には、自身のバンドでのリリースと、テレビ番組やCMのための楽曲制作の両方に経験豊富な森野さんがいます。

今年度も的確なアドバイスをしていました。

 

制約があってこそ生まれるクリエイティビティというものは確かにあって、それこそが日本のポピュラー音楽を発展させてきたと思います。講義ではそのあたりも詳しくお伝えしています。

 

■未経験者向け課題

作詞作曲どころか楽器の経験もほぼないという受講生もおられました。

それでも作詞作曲してみたいという熱意をお持ちだったので、なんとかしてこの1年弱でそこまでたどり着けるように伴走しました。

 

最初は、戦後たくさん存在した「カバーポップス」すなわち洋楽の日本語カバーに挑戦してもらいました。原曲があり、漣健児による日本語詞もある曲に、あらたな日本語の歌詞を書いてみるという取り組み。

次に、インストゥルメンタルの曲に歌詞とメロディをつけてみるという課題。

考え方のヒントをいくつかお出しし、また講義以外の時間にはDiscordというツールで質問にお答えしながら、最終的に作曲とよべるところまで到達しました。

 

音楽理論やコード進行の知識がなくても作曲はできるという体験をしてもらえました。

 

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▲実際の講義資料より。それぞれのスキルや志向に応じて複数の課題を出しています。

 

年間の講義を通して伝えたかったこと

すでに自身で楽曲制作をしている方には、制約がある状態でつくった楽曲に、それでも自分の作家性がにじんでしまうおもしろさを味わっていただきたいです。

 

オリジナリティというものに過度に囚われることなく、広い視野で俯瞰してもらって、今後の活動のヒントにしてもらえればと思っています。

たぶん自信がつくと思いますし、幅は間違いなく広がります。

 

作詞作曲が未経験な方には、極限までハードルを下げますので、理論なしに音楽を作ってみるという体験をしていただきます。

 

さらにもっと作ってみたいと思ってもらえたら、次のステップの示唆もしますし、少なくとも今後のリスナーとしての音楽体験は間違いなく豊かになるはずです。

 

子供の頃に食べていたごはんの味と、自分で料理をする経験をしたあとで食べるごはんの味は、決定的に違っていると思います。

 

また、リスナーというよりも一歩踏み込んで音楽批評やライティングに関心がある方にも、われわれが提示する切り口を踏み台にしてもらって、自分なりの語りを見つけるヒントを大量にお出しできると思っています。

 

われわれLL教室には、ノベルティソングという概念やジャニーズ関連の著作がある矢野利裕くんがいます。特にその分野については強みがあります。

 

 

むしろ、講義の時間やわれわれ3人の専門性の制約から、軽く触れるだけにとどまらざるを得ないトピックはたくさん出てきますし、われわれも一緒に勉強したいと思っていますので、講義の後にDiscordで議論を深めるようなことができたらと思います。

 

 

皆様の受講を心よりお待ちしています!

講義の概要やFAQはこちらからどうぞ。フォームでの質問も可能です。

 

われわれのインタビューもご参照ください。

 

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