森の掟

J-POPやメタルやフェスや音楽番組なんかの批評(という名の無益な墓掘り行為)

シティポップブームの終わりの終わりに届いた9000通のFAX

マーケティングの世界には「イノベーター理論」という考え方がある。

 

商品やサービスが登場してから世の中に普及していくまでの流れについて、最初は新しもの好きの「イノベーター」が手を出し、次に「アーリーアダプター」が注目し始め、その段階を超えると一気にマジョリティに広まっていくというパターンになると分析したもの。

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商品やサービスに限らず、ブームというものもこんな感じで始まって終わっていくことが多い。

四半世紀以上に渡っていろんなサブカルチャーを見ていると、このブームはそろそろマジョリティに届き始めるぞとか、このメディアで扱われるようになったらもう終わりが見えてきたなとか、そんな栄枯盛衰をいくつも目にすることになる。

 

音楽シーンの栄枯盛衰でいうと、だいたい最初はライブハウスやクラブといった現場に集うイノベーター層が半分冗談ぐらいのノリで始めた何かがあって、それを耳の早いコアな人たちが話題にして、それをアンテナが高めのメディアが取り上げ、その際にやっとジャンル名がついて、大学生や都会のリスナーがアーリーアダプターとして飛びついてくるまでの流れっていうのがある。

 

そこまでいくと、これは商売になるぞと嗅ぎつけたメディアに取り上げられることで、アーリーマジョリティ層に届き始める。

そこまでは一応音楽好きの人たちによって支えられてる状態なんだけど、次の段階として「今話題の〜」みたいな枕詞に弱い、特に積極的に情報を取りに行かない人たちに届くようになり、そこらへんがレイトマジョリティ。

 

で、最後に、基本的に流行に対してまったく興味がないかむしろ斜に構えている人々にさえ認知されるようになってくるといよいよブームは終わりで、この段階ではアーリーマジョリティはすでに別のことに興味がいってる。

ちなみにイノベーターはもっと早い段階でとっくに飽きて別の新しいことをやってる。

 

ゼロ年代後半からのいわゆる「シティポップ」のブームも、上記のような流れを経て、この度いよいよレガード層に届いた。

つまりブームは終わりです。

 

いや、もう何年も前にシティポップブームは終わっているじゃないかっていう人もいるかと思いますが、それはアーリーアダプターに囲まれて暮らしている人々にとっての実感だったわけで、世間というものはもう少し歩みが遅い。

本当に巨額のお金が動くのはアーリーアダプターが離れてからだったりするわけなんだけど、それでももう、いよいよ終わりの終わりに差し掛かっていることが今回明らかになりました。

 

NHKあさイチ』におけるシティポップ特集

2023年2月27日に放送された『あさイチ』において「こんなにおもしろい!80年代“シティ・ポップ”の世界」という特集が放送された。

これが、10年以上続いてきたシティポップブームの終わりの終わりになります。突然こんなこと言ってごめんね。でも本当です。

 

 

あさイチ』は平日朝8時15分からNHKで放送されている情報番組で、現在のメインキャスターは博多華丸・大吉の2人。

この時間帯にNHKを観ているのは、高齢者だったり専業主婦だったりが多い。

うちの両親もそうだけど、これまでシティポップという言葉を耳にしたことがなかった人たち、すなわちイノベーター理論におけるレガード層。

 

そんな番組でシティポップがどのように扱われたのか。

 

まず、華丸大吉の絶妙なアシストにより、「シティポップっていう言葉は初めて聞いたけど当時ニューミュージックって呼んでたアレのことか」という補助線が引かれて、ピンときていなかった視聴者の興味関心をひくことに成功した。

その後も万事その調子で、音楽シーンの動向に普段まったく興味がない人にも見てもらうための企画をいくつか仕込んで、番組は進行していく。

 

ただ、わかりやすさを重視するあまり、言葉の定義や歴史的事実に対しては非常に大雑把すぎる紹介だったと言わざるを得ない。

 

「シティポップ=80年代音楽」「シティポップ=ニューミュージック」みたいな定義で話を進めるので、そうじゃないものがたくさんあるし、そこはわかりやすさのために犠牲にしていいところじゃないっていう指摘はどうしてもしたい。ベン図をちゃんと描いてほしい。

 

また、シティポップの再評価が海外のアーティストやディガーから始まったという紹介は、端的に間違い。

NHKはまずこれを読んでから構成してほしかった。

 

朝の情報番組ならではの熟練の技

番組ではシティポップに関するトピックをいくつか紹介していく。

 

まずは、「1,500人を対象にいろんなジャンルの音楽を聴きながら計算問題をやらせたら80年代ポップスを聴いたグループがもっとも血圧や心拍数に効果があった」という調査結果を紹介し、「シティポップは身体にいい」という主張をする。

 

で、音響の専門家に竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」の波形を分析してもらい、シティポップは低音から高音まであらゆる音域がバランス良く出ていて、これは波の音など自然界の音と最も近い、そして「プラスティック・ラヴ」のBPMは104で、これは普段の心拍数と同じなので聴いていて自然体になので身体にいいんです!っていう解説をさせていた。

 

あとすごかったのが、シティポップブームによって中古レコード市場が高騰しているって話題で、実際に地方在住のリアルタイム世代の人が出張買取してもらう現場に立ち会って、査定額いくらでした!あなたの家にもお宝が眠っているかも?みたいな着地にしていた。

 

ほとんど『ためしてガッテン』的なノリなんだけど、これぞレガード層の引きつけ方って感じで、日本中のあらゆる年齢層を相手に番組を制作しているNHKの熟練の技が冴え渡った瞬間だった。

 

他にも、シティポップ楽曲の歌詞をAIにテキストマイニングさせて頻出単語を分析させたり、AIにシティポップをたくさん聴かせてそれっぽい曲を生成させてみたり、なんか最先端っぽいテクノロジーを使って説得力みたいなものを醸成する、情報番組の王道スタンスが全体的にあった。

 

一方で、博多華丸・大吉の2人やゲストの牧瀬里穂や進行役のNHKのアナウンサーは、80年代あるあるとか懐かしさによる共感によって盛り上がりを作っていくスタイル。

 

つまり、視聴者の中で多いであろう50代前後の世代にとっては、リアルタイムでよく知っているものに対して若者や外国人が新しい価値が与えているっていう、古くて新しい話題だったということ。

 

「ニューミュージックがシティポップという名前になって若い人に人気らしい」っていう知識を得ることができて、身体にいい音楽を知らず知らずのうちに聴いていたんだという安心感を持つことができて、当時のことをよく知っているという優越感も持つこともできて、思わず子や孫にLINEしたくなるような見事な番組づくりだったと思う。

 

FAX投票で選ばれたシティポップベスト5

番組では、80年代前後のシティポップの好きな曲で視聴者からリクエストを募集して、特集の最後にベスト5を発表することになっていた。

 

個人的には、このリクエスト募集には半分ヒヤヒヤ半分ワクワクしていたんだけど、というのも、「シティポップ」という概念をついさっき知った視聴者がどんな曲をリクエストしてくるかがまったく見えなかったから。

 

番組ではここまで「シティポップ=80年代音楽」「シティポップ=ニューミュージック」っていうちょっと雑な伝え方をしていたので、当時ニューミュージックで売れていたアリスとか甲斐バンドとか長渕剛とかがランクインしちゃうんじゃないかって。

生放送ならではのヒリヒリ感を勝手に感じて盛り上がっていたのだった。

 

かつて弊ブログでこんな記事を書いて、シティポップ概念の無軌道な拡大っぷりに警鐘を鳴らしていた者としては、最終防衛ラインが突破される瞬間を見逃すわけにはいかないでしょう。

 

9時のニュースを挟んで発表された結果はこんな感じ。

 

1位 大瀧詠一君は天然色

2位 寺尾聰ルビーの指環

3位 稲垣潤一「ドラマティック・レイン」

4位 松原みき「真夜中のドア」

5位 荒井由実「中央フリーウェイ」

 

拍子抜けするほどちゃんと視聴者にシティポップの定義が伝わっていたらしく、番組作りの手腕に再度おそれいった次第。

この特集によってレガード層にきっちりシティポップが伝わり、いよいよブームも最終段階に入ったことは間違いないんだけど、意外と終わりの終わりまで防衛ラインは突破されなかったんだな。

 

 

…いや、このランキング、各順位の票数が発表されていないので、番組側で趣旨に合わないアリスや甲斐バンドへの投票を除外している可能性がありますね…。

 

ひょっとして世界を影で操る爬虫類人間に票が盗まれているのでは!

レコード価格の高騰によって暴利を得ているユダヤ資本家がいるはずだ!

マスゴミによる情報操作を許すな!

 

などと、思わず陰謀論者になってしまいそうなほど、1位から5位までの並びがよくできすぎている…。

 

ちなみに3/6(月) 午前9:54 までNHK+で見逃し配信が視聴可能なので、ぜひみんなもブームの終わりに立ち会ってみてください。

https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2023022708615