森の掟

J-POPやメタルやフェスや音楽番組なんかの批評(という名の無益な墓掘り行為)

シティポップの最終防衛ラインが突破されるとき

シティポップとは何か

ここ数年日本のシティポップが世界中で人気らしいという話が、ネットニュースなどを通じて一般レベルにまで伝わってきている。

単におもしろい社会現象としてだけでなく、いわゆる「日本スゴイ」言説の一種としても受け入れられている感じもある。

また、国内でのシティポップ再評価は、自分が観測してきた限りでも10年以上前からあり、たとえば2011年のceroの1stアルバムについてはそのような語られ方をしていた。

 

ただ、これら一連のムーブメントにおいて、「シティポップ」という言葉が具体的にどのあたりのサウンドを指しているか、実は語ってる人によってバラバラなんですよね。

 

「シティポップ」という呼び名が出てくる前から、山下達郎シュガー・ベイブとか、細野晴臣のティン・パン・アレイ周辺の再評価がゼロ年代にあって、その流れで大貫妙子吉田美奈子大滝詠一あたりがシティポップってイメージを個人的には持っていたんですよ。

なので、シティポップというくくりが音楽シーンの中で使われるようになって、いろいろ紹介されていくなかで、林哲司角松敏生あたりが含まれるということになってきたとき、最初は違和感があった。

 

その違和感がどこからきてるのかと考えたときに、大きく2つあるなと。

 

ひとつは、シティポップって、商業的には成功していないけど高度な音楽性のためむしろ後世への影響が大きいものっていうイメージがあったので、リアルタイムで普通に売れていた曲が含まれてくることへの違和感。

 

もうひとつは、鈴木茂のギターとか林立夫のドラムとか松任谷正隆の鍵盤とか、そういう名プレイヤーによる生っぽい質感の音こそがシティポップっていうイメージがあり、80年代中盤以降の加工されたドラムや打ち込みのリズム、シンセサイザーの音色がシティポップっぽいと言われるとどうしても同意しづらいってこと。

 

※このあたりのことは名著『シティポップとは何か』で詳しく書かれているので、ぜひ。今回のこの話の超重要参考文献です。

 

いくら個人的な違和感を抱えていても、世の中はそれとは関係なく進んでいくもので、シティポップの概念は今ではかなり広くなっている。

 

ここでは便宜上、シュガー・ベイブやティン・パン・アレイあたりを70年代シティポップ、林哲司角松敏生あたりを80年代シティポップと呼んで話を進めていきたい。

 

どこまでがシティポップか

林哲司角松敏生あたりの80年代シティポップが再評価されているこの時代、本人たちの次にこのことを喜んでいるのが、中古レコード・CD業界であろう。

 

なんといっても、杏里とかオメガトライブといった80年代シティポップのレコード・CDなんてものは、ちょっと前までは100円コーナーでも手に入るものだった。

不良在庫の山になるだけなので、中古レコード店ではなんなら買い取り拒否されてたんじゃないか。

 

それが今や「シティポップ」のタグをつけることで世界中から引き合いがくるようになったわけで。

中古レコード・CD業界にとっては、大量に抱えた在庫を売り尽くすまたとないチャンスと認識されているんじゃないだろうか。

 

2022年11月における杉山清貴オメガトライブのCDの相場。隔世の感あり

 

こうなると、できるだけ多くのレコード・CDに対して「シティポップ」のタグをつけたいと思うのが、商売人としての自然な感情であろう。

 

何がシティポップなのかという明確な定義がない以上、「おたくで買ったレコードを聴いてみたけどこれは全然シティポップじゃなかった!詐欺!」などと買った人から訴えられることもないし、このブームが続く限りはシティポップの枠はなし崩し的にどんどん拡大していくに違いない。

 

かつてシティポップを再発見したイノベーター層はもう何年も前に次のモードに移行していたとしても、もっとも人数が多いレイトマジョリティ層がシティポップという概念に気づいてきたここ数年が商売としてはもっともボリュームゾーンになるんだろう。

 

過去のいろんなブームの例に違わず、このフェーズになってくると、ブームの担い手はセンスや愛情よりも大規模なビジネス展開の能力を持った人々になってくる。

つまり、細かい差異に目くじらを立てるよりも、あれもこれもシティポップってことにしておいたほうが儲かるしいいじゃないかっていうマインドがますます支配的になってきそう。

 

つまり、今まではシティポップだとされてこなかったあれこれが、シティポップ扱いされてしまう現状が観測できるんじゃないか。

そして、そこまで行ってしまったらさすがにブームももう終わりだろうな、っていうひとつの目印になりそう。

 

そんな、シティポップの「最終防衛ライン」を、いまここで設定しておこうと思う。

2023年にこのラインを誰かが超えてくるかどうか見張っておきたい。

 

最終防衛ラインその1:TUBE

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左が細野晴臣鈴木茂山下達郎『Pacific』のジャケット。右がTUBE『Beach Time』のジャケット。

 

TUBEがシティポップと呼ばれてしまう懸念は、個人的には何年も前から感じていた。

オメガトライブがシティポップならTUBEもそうだろっていう。

 

純粋にかれらの音楽的な背景をみていくと、AORフュージョン、あとビーチボーイズ的なコーラスやリゾート感のある軽いラテンフレーバーなど、それこそ山下達郎にも共通点が多いわけで。

 

いかにもビーイング系な産業ロック臭が全体的にあるので、そのまま刺身にはできないけれど、薬味などでうまく脱臭する調理ができれば、シティポップとしておいしくいただけるんじゃなかろうか。

 

90年代を生きた我々にとっては、生身のTUBEが発していた軽薄さの印象が強すぎて、今のところシティポップとは呼びたくないって気持ちになるってだけで、このあたりの曲だけ切り出して外国人に紹介したら普通にシティポップとして扱ってくれそうじゃないですか。

 

 

 

なのでこの防衛ラインは割とたやすく突破されそう。

 

最終防衛ラインその2:C-C-B

いかにも80年代なテクノポップ楽曲の一部は、すでにシティポップ扱いされている。

すでにいろんなプレイリストや紹介記事では、テクノポップ〜初期ユーロビート〜ブラコン的な音でさえもシティポップ扱いされてきているわけで。

おそらく若い人を中心に、文脈ではなく音の質感によって、それらにシティポップらしさを感じてるんじゃなかろうか。

 

そしたらC-C-Bだって立派にシティポップじゃないかって思うんですよね。

 

デビュー当初は和製ビーチボーイズ路線のバンドだったC-C-Bは、松本隆筒美京平コンビによる「Romanticが止まらない」(1985年)が大ヒットし、その後もテクノポップ楽曲でお茶の間レベルでのヒットを量産した。

 

 

 

このあたりの曲は、Night Tempoがこんな感じ↓でリミックスしてくれたりなんかしたら、一瞬で世界中の好事家に見つかってレコードが高騰しそうじゃないですか。

 

 

なので、この防衛ラインが突破されるのも時間の問題かも。

 

最終防衛ラインその3:TMネットワーク

さて、いよいよここが本当に本当の最終防衛ライン。

 

プログレッシブ・ロックで音楽に目覚めたという小室哲哉シンセサイザーシーケンサーという武器を手に入れ、産業ロックやニューロマンティックといった当時のトレンドを取り入れて独自の音楽性を確立したのがTMネットワーク

つまりバックボーンにはシティポップ要素は皆無と言っていい。

 


サウンドだけでなく、人脈的(内田裕也ファミリーだったりエイベックス周辺だったり)にもヴィジュアル的にも歌詞の世界観もシティポップとは縁遠いので、さすがにここまで到達することはないだろうと思える。

 

しかし、曲単位で聴いていくと、その確信もだんだん揺らいでくるんだよね。

 

 

このあたりの曲なんて、亜蘭知子や杏里なんかと一緒に外国人のDJミックスに紛れ込んでいても違和感ないと思う。

 

あやうし最終防衛ライン。

 

それに何よりも、アニメ『シティーハンター』のエンディングで流れる「Get Wild」のイメージ。

アニメとシティポップって、リアルタイム世代の日本人にとってはむしろ真逆の存在のように感じられるだろうけど、Youtubeなどを通じて80年代の日本のカルチャーに触れた海外の若者にとっては、両者はむしろ強く結びついているらしい。

 

Get Wild」という曲自体はシティポップ感は薄いけど、『シティーハンター』の強烈な印象によって最終防衛ラインを超えてきてしまう可能性がある。

 

 

シティポップはどこまでいくのか

以上、まったくありえないわけではないけど、今のところ一般的にはシティポップ扱いはされていないっていうアーティストを3組取り上げてみたわけだけど、あらためて聴き返してみると、現在シティポップとされているものとサウンド面での距離はほとんどないように感じる。

 

ぶっちゃけ、80年代中盤以降のサウンドまでもがシティポップ扱いされるようになってからは、もはや自分にとってはそのラインがよくわからなくなっているっていうのが大きいんだけど。

 

とはいえ別に解釈が拡大し続けていることに目くじらを立てたいわけではなく、現象として非常に興味深いなと感じている次第です。

 

(この3組が突破されたら、次は安全地帯かチャゲアス古内東子か…)

『知られざるヴィジュアル系バンドの世界』を読んで思い出した、「ヴィジュアル系」という言葉がまだなかった頃の話

先日こんな本を読みました。
 

 

J-POPについて考えることを生きがいにしている人間として、そして、高校時代の学園祭バンドでXとLUNA SEAのコピーをやったのが初舞台だった人間として、ヴィジュアル系のことはいつも頭の片隅で意識し続けてきた。

 

しかしその一方で、頭の片隅にあったのは概念としてのヴィジュアル系であって、実在のものとしてちゃんと楽曲などを認識できていたのは正直LUNA SEAまでだったというのも事実。

あとはゼロ年代前半にちょっとだけバイトしていた中古CD屋で、当時のヴィジュアル系のCDの一部が高値で取引されていたのを認識している程度だった。

 

2000年代以降のシーンの動向はちゃんと追えておらず、いつかちゃんとチェックしないとなとずっと思っていたのです。

 

なので、このタイトルと漆黒の装丁を見かけて速攻購入したわけ。

 

自分はターゲットじゃなかったけど膝は連打

2000年代以降のシーンの動向が掴めるんじゃないかという期待を抱いて読み始めたんだけど、そういう話は最後の方で少し触れられていただけだった。

そういった意味では自分はこの本のターゲットじゃなかったってことにはなったんだけど、ただ、主張されている内容に関して膝を打つこと多数で、期待とは違う方向で結果的に非常に実り多い読書体験になりました。

 

歴史を語るということは、たくさんある出来事や人物のどこを重要視するかという語り手の歴史観が反映される。

琵琶法師が弾き語る平家物語と、鎌倉幕府が公式に「吾妻鑑」に書き残した歴史とでは、同じ源平合戦でも全然見え方が違うように、ヴィジュアル系の歴史も、どういう観点で語るかでまるで違ってくる。

 

これまで何度か目にしてきたヴィジュアル系の誕生から発展の流れが書かれたものはどれもしっくりこない感じがあったんだけど、本書はもっとも納得感があるものでした。

 

本書の良さをざっくりまとめると、まず当時自分が感じていた空気感に近いってことと、あと洋楽邦楽含めヴィジュアル系のジャンルの内外との影響関係についてクリアに解説されていたということ。

ヴィジュアル系というと、日本独自のガラパゴス的な閉じたジャンルだと思われがちなんだけど、実は人脈的にもサウンド的にもかなり開かれているんだよね。

 

奇抜な見た目に印象が引っ張られすぎて、サウンドそのものを純粋に評価する観点が少なかったからなのかもしれないんだが、自分のような同時代のバンドマンからすると、ヴィジュアル系ってそんなに遠くにあるものだと感じていなかった。

 

ということで今日は、「ヴィジュアル系」という言葉がまだなかった90年代に高校生バンドマンの目から見えていたことについて書いてみようと思います。

 

ヴィジュアル系」という言葉がまだなかった頃

わたくし1976年生まれでして、世代的にロックというものを意識した時期はバンドブームが始まっていたタイミングだった。

 

夜のヒットスタジオ」にユニコーンが登場して「大迷惑」をやったり、ドラマ『はいすくーる落書』の主題歌がブルーハーツだったり、たまの「さよなら人類」がお茶の間に届く大ヒットになったりしていた1989年前後。

 

毎月のように目新しいバンドがたくさん登場するなかで、ラジオか何かで耳にしてカッコいいなと思って8cmシングルを買ったのが、BUCK-TICKの「悪の華」。

そしてちょっと年上の不良っぽいセンパイたちが夢中になっていたBOOWYはそれらと入れ替わるように解散した。

ちょっと怖いような見た目のバンドのポスターやチラシが楽器屋に置いてあったり、他のバンド目当てで読んだ音楽雑誌にもそういったバンドがおどろおどろしく紹介されていたりして、後にそれがジャパメタやハードコアやポジパンっていうものだと知る。

 

ヴィジュアル系」っていう言葉がまだなかった頃、そんな断片的な情報から、なんとなくそれらがお互いに影響しあっていたり繋がっているような印象を受けていた。

 

チェッカーズとか男闘呼組みたいなグループがお茶の間にとっての「バンド」であり、ブルーハーツプリンセスプリンセスはそういったものよりは若干マイナーで若者向けな存在なんだけど、同年代の会話の中には普通に出てくる。

で、それよりさらにもう一段深いところにいくとXやBUCK-TICKがいるって感じ。過激で毒々しいキーワードと都市伝説っぽい武勇伝に彩られたそれらのバンドは、どうしようもなく十代の男子を惹きつけてしまったものだった。

 

(自分はそこで筋肉少女帯と落語と深夜ラジオっていう路線に行ってしまったので、ど真ん中というわけではなかったんだけど、片足は入っていた自覚はある)

 

メガネ革命前夜にバンドやりたい男子高校生が考えていたこと

初めて人前でライブをやったのは、1993年。高2の文化祭。

ほんとはNIRVANAをやりたかったんだけど他のメンバーに却下され、結局XとLUNA SEAをやることになった。あと洋楽派への妥協案としてガンズをやったんだった。

 

90年代前半の高校生男子がバンドを始めるのって、もともとクラスの人気者だったような奴が文化祭の前に突然バンドに目覚めるパターンが多くて、つまり音楽性とかクリエイティビティとかが先立ってることはほとんどない。

 

よりモテたいとか目立ちたいとかカッコよく振る舞いたいとかがまずあるので、その当時のロールモデルに従うことが最適解だと気づいた奴にとっては、ロールモデルが髪を逆立てて化粧してるんだったら、素直にそれに従うだけ。

その姿でライブをやってモテたのであれば、それが正解になる。

 

男性バンドマンが化粧してステージに立つという文化は、もともとはイギリスのニューウェーブやハードコアのバンドに影響を受けてはじまったものが、BUCK-TICKなどの先行例が出たことで、モテるための手段として一気に広まったんだと思う。

 

https://ogre.natalie.mu/media/news/music/2010/1225/lunacy_art.jpg?imwidth=750&imdensity=1 

 

あと、当時はギターヒーローに憧れて速弾きの練習をずっとやってる奴がたくさんいた。

 

『知られざるヴィジュアル系バンドの世界』でもたっぷり語られていたけど、ギターヒーローが使っているのと同じモデルのギターが楽器屋にたくさんあった。

普通のギターをカスタマイズした見た目が「シャア専用ザク」に憧れた小学生の頃の気持ちを刺激してくるんだよね。

 

今では信じられないかもしれないけど、ギターヒーローへの憧れがきっかけになってる奴が、音楽やりたい若者の半分ぐらいを占めていた。

軽音楽部はギタリスト志望だらけで、ベースとドラムは複数のバンドをかけもちするのが当たり前。なんならヴォーカリストも不足気味なほどだった。

 

なので、90年代前半のことを語る上で、布袋寅泰とHIDEというギターヒーローは超重要なんですよ。あと本書で熱く語られていた今井寿も。

 

https://ogre.natalie.mu/media/news/music/2018/0429/bucktick0428_5.jpg?imwidth=750&imdensity=1

 

ところが、1998年頃から男子高校生が憧れるバンド像が大きく変わってくる。

 

ひとつは、くるりナンバーガールアジカンといったバンドの登場。

フロントマンがメガネっていうのは、当時はものすごく衝撃的だったわけ。

ここから、元からクラスの人気者だった奴がさらにモテるためにバンドを組んだ的なヴィジュアル系の方向ではなく、日頃は目立たないメガネくんが学祭で突如化ける路線が確立された。

その路線はその後も、サンボマスター神聖かまってちゃんサカナクション星野源あたりに受け継がれていく。

 

もうひとつは、Hi-STANDARDモンゴル800175Rといったパンク勢の台頭。

元からクラスの人気者だった奴らも、ヴィジュアル系ではなくパンクをやったほうがモテる時代に突入したのである。

青春パンクのブームが一段落したあとも、クラスの人気者は今度はDJやダンサーやラッパーを志すようになり、ヴィジュアル系に戻ってくることはなくなった。

 

ましてや、ギターヒーローに憧れてひたすら速弾きを練習するギター小僧なんてものはほぼ絶滅した。

 

この1998年のメガネ革命&パンクブームで成立した価値観は、その後「邦ロック」という名前を与えられ、2022年現在にも基本的には引き継がれている。

 

そんな今となっては、バンドやりたい高校生男子にとってヴィジュアル系がもっとも身近だった時代があったなんて想像するのはなかなか難しいと思う。

 

ヴィジュアル系が音楽的に最先端だった時期

手っ取り早くヴィジュアル系のコピーをやりたがった当時の男子高校生は音楽性とかクリエイティビティとかは度外視していたという話をしたけど、だからといって、ヴィジュアル系の先達たちがクリエイティブじゃなかったということにはならない。

 

むしろ、どんなジャンルでもそうだけど、ジャンル名が生まれる前から手探りで道を作っていた人たちはみんな、クリエイティビティと野心の塊なわけで。

 

『知られざるヴィジュアル系バンドの世界』でもたっぷり触れられていたけど、犬猿の仲だったジャパメタとハードコアの橋渡しになったXや、ヴィジュアル系に特徴的なダークでゴシックな世界観の原型をほぼ作り上げたBUCK-TICKなんかの開拓者っぷりは、すごすぎてちょっと比較対象が見当たらない。

 

ヴィジュアル系の音楽的なルーツは、ほぼほぼ80年代のイギリスにあると言えるんだけど、実は同時代の欧米のロックのトレンドにも敏感だった。

 

90年代の世界的なロックのトレンドといえば、グランジ、ミクスチャー、ブリットポップ、ガレージリバイバル、メロディックパンク、いわゆるデジロック(インダストリアル)あたりが挙げられるんだけど、このうちミクスチャーやデジロックに関してはヴィジュアル系が率先して取り入れていた。

ヴィジュアル系が手を出さなかった残りの要素はだいたい下北沢のバンドがやった)

 

特にHIDEは、マリリン・マンソンやホワイトゾンビといったリアルタイムでそのあたりのジャンルを牽引していた米国の第一線アーティストと交流し、日本のお茶の間にエッセンスを注ぎ込んでいた。

アメリカの人気女性グランジバンドL7のリズム隊と一緒にテレビ出演したり。

 


ピンクスパイダー」「DOUBT」「FROZEN BUG」あたりの曲は、今聴いても世界レベルのサウンドになっていると思う。

 

シティポップの流行もさすがにもう一段落する頃だろうけど、その次にこのあたりの音が流行ったりしないかなー!

 

 

 

 

仁義なき『鎌倉殿の13人』

2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』がめちゃくちゃおもしろい。

 

物語の前半は、源頼朝が北条氏の力を借りて関東で挙兵し、源義経らの活躍により都から平家を追い出して政権を握るという、有名な源平合戦もの。

特に歴史に詳しい人でなくても、「いいくにつくろう鎌倉幕府」とか「牛若丸と弁慶」とか「耳なし芳一」のようなかたちで馴染みがあるはず。

 

ただ、よくある源平合戦ものだと平家が滅んだ時点で物語はおしまいになるんだけど、『鎌倉殿』の場合、そこでちょうど折返しぐらい。

 

後半はひたすら、政権内部での凄惨な内紛が続く。

 

『鎌倉殿の13人』っていうタイトルは、合議制で幕府を運営することになった13人という意味なんだけど、13人揃ったのは一瞬だけで、1人また1人と殺されていく。

 

わたくし、「三谷幸喜が『鎌倉殿の13人』っていうタイトルで大河ドラマを担当することが決定!」っていう2020年1月のニュースに対して、こんなツイートをしていました。

 

 

はい。ほぼ予言どおりの展開になったよね。

そして小池栄子北条政子は最高ですね。

 


実録ヤクザもの

いろんな人が指摘していますが、『鎌倉殿の13人』って、『仁義なき戦い』などの実録ヤクザ映画にとてもよく似ている。

 

「実録もの」っていうのは、それまでの高倉健鶴田浩二がやっていたような勧善懲悪な任侠ものではなく、保身や裏切りがうずまく生々しい権力闘争を実話ベースに描いた作品のこと。

 

 

たしかに、実の弟や数少ない仲間でさえも危険だと思ったら殺してしまう『鎌倉殿の13人』の頼朝のキャラクターは、『仁義なき戦い』で金子信雄演じる山守組長を思い起こさせる。

 

しかし、それ以外にも『鎌倉殿の13人』と実録ヤクザ映画には大きな共通点がある。

 

それは、「力」というものを扱っているということ。

 

ヤクザも坂東武者も、集団で暴力を駆使する存在。

そういうわかりやすい「力」の話でもあるんだけど、一方で、年がら年中刃物を振り回しているわけではない。

21世紀からすると野蛮で非効率に見える時代だけど、それでも不良中学生とかとは違うので、1人ずつと殴り合って倒した相手を家来にしていくような非効率なことはしない。

 

そういう直接的な暴力はいざというときだけ行使することにして、普段は「権力」「抑止力」みたいな目に見えない「力」を使って、直接殴り合わずに相手を従えていく。

 

「抑止力」は、こいつに手を出したら大変なことになりそうだと相手に思わせる力なので、実際にはそんなに強くなくても手に入れることができる。

ただ、実態のない抑止力は相手に疑われてしまったら終わり。ヤクザは相手にナメられたら終わりだとか、みんなに落ち目だと思われたら一気に落ちぶれるとかいうのはそういうことなんでしょう。

 

直接的に暴力に訴えたとき、金子信雄演じる山守組長よりも菅原文太演じる広能のほうが強いはずだし、途中からは人望の面でも圧倒的に広能にあるはずなんだけど、山守のほうが常に「力」を持っている。

家来が1人しかいない源頼朝が、なぜ坂東武者たちにお互いを殺し合わせるような命令が可能で、坂東武者はそれに従うのか。つまりなぜ源頼朝に「力」があるのか。

 

山守も頼朝も、この「力」の使い方を熟知しているがゆえに、ずっとトップに君臨できたんじゃないか。そして、「力」の怖さを熟知しているがゆえに、弟だろうと部下だろうと邪魔になったら躊躇なく始末してしまえる。

 

21世紀の社会にあって戦後の広島や800年前の鎌倉にないもの

戦後の広島や800年前の鎌倉の物語を、別世界のこととして楽しんでいる21世紀のわれわれ。

そこにはどんな違いがあるかというと、ひとことでいうと「法」だと思う。

 

コンプライアンスの名のもとに営まれている21世紀の社会では、誰も「力」を好き勝手に使うことはできない。

誰かが何らかの「力」を持つ根拠として、法律がある。

気に入らない相手を殺したり、脅して従わせたりする行為は、刑法にふれることになる。

警察官や自衛隊だけが武器を持って誰かを制圧したり捕らえたりできるのは、そういう法律があるから。

 

だから、みんないじめっ子に怯えながら暮らす必要はないし、報復をおそれて相手を根絶やしにする必要もない。

人類が長い時間をかけてやっとこんな状態を手に入れることができたおかげで、みんな自分の仕事や家庭に集中できるようになったんじゃないでしょうか。

だって政治や裁判そっちのけで、あいつがおれの命を狙ってるんじゃないかとかばっかり考えてるあの鎌倉の体制って、見るからに生産性めっちゃ低そうでしょう。

 

 

そりゃあ戦後の日本にももちろん法律はあったし、平安時代にも一応それっぽいものは存在したんだけど、今と比べると法律の外側の領域がめちゃくちゃ広かったんだろう。

だから、法に守られていないむき出しの集団同士が、「力」の使い方次第で一気にのし上がれたりあっさり潰されたりする。

 

そのダイナミックなありさまが、実録ヤクザものや中世日本を舞台にした作品のおもしろさなんだと思う。

 

大義名分というフィクションの力

歴史を動かす目に見えない「力」のうち、もしかしたら最強のカードは「大義名分」ってやつかもしれない。

 

理由なく誰かを攻撃することは、たとえ鎌倉時代であっても、味方でさえもドン引きしてしまうおそれがある。

しかし、何らかの大義名分さえあれば、人は簡単に攻撃的になれてしまう。

 

先に手を出したのは相手なので、とか、全体の秩序を守るためにはみんなを代表して我々がやるしかない、とか、神の名において非人道的な敵を許すわけにはいかない、とか。

 

ここ日本ではずっと、天皇を味方につけることが大義名分になり続けてきた。

中国や他の国の皇帝と違って、目に見える「力」を持っていない天皇が滅びずにこれたのは、大義名分を与える存在として便利だったからでしょう。

天皇を倒して自分がトップに立つよりも、天皇大義名分をもらって敵対する勢力を制圧するほうが効率よかった。

 

源頼朝も、後白河法皇(の子)からの平家打倒の指令を受け取ったことが、挙兵の大義名分になった。

大義名分があることで坂東武者を従わせることが可能になったわけで。

 

そう、平家を倒すまでは、比較的ここが明確だった。

 

しかし、鎌倉の内紛には大義名分がほぼない。

謀反の疑いとか言うけど、根拠として弱いし命令に従う側も後ろめたさがつきまとってしまう。そこらへんの後味の悪さが、ここ最近の『鎌倉殿の13人』中盤の味わいどころでしょう。

 

そして、ドラマの終盤ではいよいよ後鳥羽上皇との対立が激化していく。

かつて頼朝に大義名分という「力」を与えてくれた朝廷。

ひたすら仲間内で殺し合い続ける鎌倉側が、大義名分という最強カードをもつ朝廷にどう立ち向かうのか。

 

回をおうごとにかっこよさが増す北条政子がここからどんな活躍を見せるのか!

めちゃめちゃ楽しみ。

 

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ヘヴィメタル=モンゴル発祥説

今年もフジロックに行ってきました。

初日(7月29日)のみだったけど、午前中のTHE HUからDOPING PANDAヒルカラナンデス、THE BASSONSオリジナルラブ、SKYE、Awitch、ハイエイタス・カイヨーテ、ヘッドライナーのVAMPIRE WEEKENDから深夜のおとぼけビ~バ~まで、たっぷり満喫。

 

今年になってやっと各地でフェスとかライブが再開されたので、いろんなアーティストの生のパフォーマンスを目にする機会に飢えていたところでした。

そんなモードで見た中で強く印象に残ったのが、Awitch、ハイエイタス・カイヨーテ、おとぼけビ~バ~。

いずれも音源ではよく知っていたんだけど、生身のパフォーマンスの力がすごかった。

卓越した技術と場の空気を支配するオーラに、何も考えずに気持ちよく圧倒されていた感じ。

 

一方で、今年のフジロックでもっとも知的に刺激されたのが、モンゴルのバンド、THE HU(ザ・フー)。

度々ヘヴィメタルを話題にしてきた当ブログとしては、ここには触れざるを得ないかと思っています。

https://img.hmv.co.jp/hybridimage/news/images/19/0703/1034/body_162009.jpeg

 

フジロックでのTHE HU

金曜の昼間のグリーンステージに登場したのは、レザーに身を包んだ黒い長髪の男たち。

メンバーによってはかなり朝青龍っぽかったりもする。

 

ぱっと見はアジアのヘヴィメタルバンドって感じなんだけど、手に持っているのがギターではなく、馬頭琴っていうモンゴルの伝統的な弦楽器。

しかもただの馬頭琴ではなく、メタルっぽい装飾がされている。

普通の馬頭琴との違いは、アコースティックギター布袋寅泰モデルのエレキギターぐらいの距離。

 

そんな感じのメタル馬頭琴と、ドラムやベースも加えて、全体の音像としてはしっかり現代的なヘヴィさを持ったロックになっていた。

 

ほぼ何の前情報もなくそんなバンドを目の当たりにして、最初は正直ちょっと理解が追いつかずにポカーンとしてしまったんだけど、発せられる音がしっかりかっこよく説得力があったもんで、すぐに夢中になっていた。

 

THE HUのサウンドの特徴としては、重心がかなり低く重いこと。メタルといっても速度ではなく重さを追求していて、巨大なサイか何かの動物が、のっしのっしと歩いているような感じ。

そして歌声もあくまで低くうなるようなモンゴル独特の発声で、バンドサウンドとよくマッチしていた。

 

この低くて重いノリ、メタリカのブラック・アルバムみたいだな〜って思いながら見ていたら、なんとそのブラックアルバムの中でも特にのっしのっし感が強い「SAD BUT TRUE」をモンゴル語でカバーしたのだった!

 


 

このカバーを見て確信したんだけど、この人たちモンゴル文化とメタルの融合に関して相当に意識的にやってる。

 

 

ちなみにこれが1991年にリリースされた歴史的名盤、メタリカの通称『ブラックアルバム』。THE HUがカバーした「SAD BUT TRUE」は2曲目です。

 

 

調べてみた

帰ってからTHE HUのことをいろいろ調べてみたんだけど、まずはリリースされているアルバムでは、一般的にメタルっぽい音の要素はあまりないってことに気づいた。

今どきのバンドにしては音圧とか歪みがかなり控えめだし。

 

 

こんなサウンドで、それでもジャンルとしてはメタルだなってみんなが感じるのには、理由がある。

 

それはやはり、重心の低さと重々しさ。

モンゴルの伝統音楽がもともと持っていた要素が、メタリカのブラックアルバムに備わっているメタルの要素とめちゃくちゃ相性がよかった。

 

まずモンゴルの伝統的な歌唱法や、その歌声のキーに揃えた弦楽器の音域。

そしてどっしりしたリズムも、伝統的な音楽とロックの混合をいろいろ試した結果として生まれたものだろう。

 

 

調べてみると、THE HUは、プロデューサーの構想による「匈奴ロック」のコンセプトに基づいて結成されたらしい。

このプロデューサー、80年代には自らアーティストとして活動もしていた人で、その後、モンゴルの伝統音楽とロックの融合について何年も考え抜いた末に、伝統楽器のプレイヤーたちに声をかけてTHE HUを結成したという。

 

 

 

やはりライブを見て感じたとおり、相当に意識的にやってる人たちだった。

 

いろんなジャンルや伝統楽器をヘヴィメタルに取り入れてみるっていうことは、これまでにも世界中のいろんなところで試されてきた。

ありとあらゆる楽器がメタルの中に取り入れられてきたし、世界中のいろんなローカルの音楽(たとえばブラジルのサンバや、日本の民謡なども)もメタル化されてきた。

 

その中でうまくいったものとそうでないものは当然あるんだけど、うまくいったケースは、もともとのその楽器やジャンルの特性がメタルと親和性が高かったものが多いと思う。

逆に、親和性が高くないもの同士をむりやりくっつけても、どうしても違和感が残ってしまう。

 

THE HUの場合、そこがものすごくうまくいったんだと思う。

うまくいきすぎて、もはやヘヴィメタルという音楽がモンゴル発祥なんじゃないかっていう気すらしてきた。

 

ヘヴィメタル=モンゴル発祥説

普通に考えるとありえない「ヘヴィメタル=モンゴル発祥説」について、ほんの少しでも可能性があるんじゃないかと思えるパターンを妄想してみた。

賢そうな人が書いてたらうっかり信じる人が出てきそうなラインを狙いました。

 

タタールのくびき

モンゴルとヨーロッパの直接の接点といえば、13世紀にチンギス・ハーンやその子孫が現在のロシアやウクライナ一帯を征服した、いわゆる「タタールのくびき」が最初。

このとき、征服民族であるモンゴル人の文化がヨーロッパに入ってきたはずで、その要素が正当なクラシック音楽とは別に地下水脈のように20世紀まで受け継がれ、ヘヴィメタルというカウンターでサブカルチャーな音楽の誕生に影響を与えたって説。

https://kotobank.jp/image/dictionary/nipponica/media/81306024010087.jpg

 
②ヒッピーの東洋かぶれ

ヘヴィメタルが生まれたのは60年代末。当時の欧米の若者は、西洋文明への反抗心もあって、ヨガや禅などの東洋の神秘的なカルチャーに魅せられていた。

ヒッピーの中でも、ヨガとか禅なんてベタだよな!っていう逆張り精神の持ち主が、チベット仏教に関心を持ち、さらに深掘った結果モンゴル文化に出会ったりして。

ブラック・サバスのトニー・アイオミは、ヘヴィメタルという音楽の原型をほぼ1人で作り上げたといっても過言ではないような人なんだけど、たとえばこの人の友達がヒッピーをこじらせてアジアを放浪してたりして、モンゴルで買った伝統音楽のカセットをトニー・アイオミに渡してたりして。

ロックンロールをさらにエクストリームに発展させたい!って野心を持ったトニー・アイオミ青年にとって、天然の歪み成分が多く含まれたモンゴル音楽は魅力的だったに違いない。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/dc/Tony-Iommi_2009-06-11_Chicago_photoby_Adam-Bielawski.jpg

 
③古代中国

かつて秦の始皇帝を苦しめたモンゴル系騎馬民族のメ・タール将軍は、重金属の楽器を演奏する楽団を従軍させていたという。

当初は部隊の士気を高める目的で演奏されていたが、やがて楽団が奏でる音楽にあわせて、兵たちが高速で首を振る兵怒蛮銀具(へっどばんぎんぐ)という戦法が編み出され、秦の軍勢を大いに苦しめた。

この音楽が第2次世界大戦の際に英国に伝わり、ヘヴィメタルのルーツになったことはあまりにも有名である。

民明書房刊『音楽はじめて物語』より

https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-a7acd4182298dce6f1f5b07e1152815f-lq

 

概念としてのクラブ/民藝J-POPとしての「糸」〜『オトネタ大賞・2022上半期』をふりかえって

先日、マキタスポーツさんのYoutubeチャンネルで配信された『オトネタ大賞・2022上半期』に出演しました。

 

『オトネタ大賞』は、元々はライブハウスでマキタさんがやっていたイベントだったんだけど、コロナ禍になってからは動画配信の企画に姿を変え、半年に1回のペース続いている。

 

出演は、芸人・俳優・ミュージシャン・小説家として活躍中のマキタスポーツさん、ラッパーのカンノアキオくん、そしてわたくしハシノの3人。

世代も出自もバラバラな3人だけど、音楽に対して批評的な目線で語るのが大好きっていう共通点があり、毎回それぞれが持ち寄った議題で盛り上がっています。

 

先日の『オトネタ大賞・2022上半期』はアーカイブが見られるので、よかったら洗い物や筋トレでもしながらご覧ください。

 

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今日は、この配信の中で取り上げられたテーマについて、個人的に感じたことなどをさらに掘り下げたり広げたりしてみようと思います。

 

平成J-POPの歌世界に存在した「概念としてのクラブ」

2022年上半期に話題になったアニメ『パリピ孔明』において、エンディングテーマ曲として使われていたのが、ミヒマルGT「気分上々↑↑」のカバー。

 

パリピ孔明』は、三国志の時代から現代に転生した諸葛孔明と、アーティストを目指してクラブで活動する英子によるサクセスストーリーなんだけど、90年前後から始まった日本のクラブクルチャーの2022年におけるパブリックイメージはこのあたりなのか、っていう観点でも興味深いものがありました。

 

オトネタ大賞の中でも話したんだけど、90年代〜00年代ぐらいまでのJ-POPには、クラブ由来の言葉が歌詞に散りばめられていたし、音楽性の面でもクラブから生まれた新しい音楽をお茶の間向けに仕立て直すことで発展した部分がかなりあった。

 

その手法でもっとも成功したのが小室哲哉であり、SPEEDやDA PUMPあたりの存在もそうで、クラブやDJやストリートなカルチャーという何となくのイメージを日本全国津々浦々に広めることに貢献した。

またキック・ザ・カン・クルーリップスライムといったメガヒットしたヒップホップ勢もそう。

 

その土台に、ゼロ年代以降に流行したEDMという音楽のスタイルと、「パリピ」という呼称が接続され、日本人のクラブのイメージが少し更新されつつ継承されていった。あと『フリースタイルダンジョン』によってMCバトルというものも一般的に存在を知られるようになった。

 

なんとなく共通認識があるけど、実際のクラブに行ったことはない。そんなマジョリティ層に向けてうまく作られたっていうのが『パリピ孔明』のヒットの背景だと思います。

 

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大カバー時代

長年音楽を聴いていると、時代によっていつの間にかなくなったもの、増えたもの、変わったものに敏感になる。

 

今回のオトネタ大賞でも中島みゆきの「糸」がやたらカバーされていると話題になりましたが、ここ10年ぐらいのJ-POP界の傾向として、とにかくカバーアルバムが多い。

世は大カバー時代に突入しているといっても過言ではないでしょう。

 

思い起こせば90年代までは、基本的にJ-POPの第一線の歌手はあまりカバーをやらなかった。

 

90年代っていうのは、アーティストが「個性を発揮」して、自分の「等身大の言葉」で、「リアルな」音楽を自作することこそが良しとされた時代だった。

作品の質が高いかどうかよりも、リアルかどうかに価値があった。

質が高すぎるからリアルに感じられない、みたいな、逆転した価値観すらあった。

 

浜崎あゆみは自分の言葉を歌っているから良いのだ、と言われていた時代なので、プロの作詞家は仕事が激減していたと思う。

そんな時代には、人の曲をカバーすることに意義を見出せなかったよね。

 

そんな90年代が終わり、いつの間にかそんな価値観がなくなっていくと、カバーアルバムが増え始める。

 

ただ、長いスパンで考えると、これは90年代という特殊な価値観の時代が終わって、元に戻ったとも言える。

 

70年代にもカバーアルバムって多いんですよ。

森山良子とか勝新太郎とか沢田研二とか美空ひばりとかフランク永井とか、挙げればキリがないぐらい、いろんな歌手がカバーアルバムを出しているし、デビューして間もない歌手のファーストアルバムは、シングルが2曲ぐらい入ってる以外はすべてカバー曲っていうのがごく当たり前だった。

 

「夢は夜ひらく」とか「ブルーライトヨコハマ」とか「サニー」とか「竹田の子守唄」とか「精霊流し」あたりの曲は、とにかく大量のカバーが存在する。

 

近年のカバーアルバムの流行は、その頃と同じ匂いがするんだよね。

 

昔マキタさんと、みんなオリジナリティを重視しすぎるよねっていう話で盛り上がったことがあって。

アーティストが自作自演に重きを置きすぎることに、お互いちょっと疑問を抱いていたんでしょうね。

 

そういうのが一段落ついて、みんな気兼ねなくカバーをやれるようになったんだろうか。

 

リスナーの側も、「リアルかどうか」がどうでもよくなってるんだろう。

元々そんなところにこだわる必要がなかったといえばそうだろうし。

 

「民藝J-POP」の心象風景

かつて当ブログでこんな記事を書いた。

 

guatarro.hatenablog.com

 

NHKのど自慢』で歌われる曲は、ヒットチャートや音楽批評筋のトレンドとはまったく関係なく、独自の世界になっているというところから、これらの曲を「民藝J-POP」と名付けたんです。

 

「民藝J-POP」というのは、聴き手にとって日々の生活の中で具体的に機能している音楽のこと。

NHKのど自慢』において、歌い終えたあと「なぜこの曲を?」と司会者に聞かれたときに、出場者はみんな、具体的な思い出だったり誰かへのメッセージだったりを語れる。

その曲がその人の生活の中で果たしている役割が明確だということ。

 

残念ながら書いた当時から今まで特に世の中的な話題になっていないんだけど、個人的にはこの概念をすごく重視していて、いろんな場所で語っていきたいと思っている。

 

音楽雑誌とか、音楽マニアのSNSとか、キリンジの「エイリアンズ」が2位になるランキングの文脈では絶対に出てこないんだけど、こういうものこそがいわゆるサイレントマジョリティなのではないでしょうか。

 

で、今回の「オトネタ大賞」で話題になった中島みゆきの「糸」は、2022年における民藝J-POPの頂点だと思っています。

配信の中でカンノくんが言っていたように、結婚式の定番ソングになっているというのは、まさに民藝の機能美だと思うし、あとコメントをいただいた中にあった、本家の「糸」を聴いたことがないという話も、もはや作者の手を離れて国民のものになったという証だと言える。

 

「糸」が強いのは、小さな子供からお年寄りまであらゆる世代を包括するし、TPOを選ばないところ。

思えば、昭和の歌謡曲や平成のJ-POPにおいて、みんなが知ってる曲って、基本的に恋愛モノだし、なんならちょっと公序良俗に反していたり際どい内容だったりするじゃないですか。

 

冷静に考えてみたら、国民的歌手の代表曲が「天城越え」だなんてヤバくないですか。

さそり座の女」だの「ホテル」だの「さざんかの宿」だの…。

ちびまる子ちゃん山本リンダを熱唱する姿を苦々しく見てるお母さんの気持ちがほんとによくわかる今日このごろ。

 

それに比べて、平成〜令和の民藝J-POPは実に健全。

 

さらに「糸」が絶妙なのは、「川の流れのように」や「あの鐘を鳴らすのはあなた」みたいな大仰なものではなくて、ごく普通の生活者の日常生活の中にフィットするサイズ感っていうところ。

 

円安や低成長がズルズル続いている時代だけど、みんな一緒にゆっくり貧しくなるんだったらこの体制は安泰だろうし、革命でも起きないうちは「糸」のカバーがリリースされ続けることでしょう。

 

配信の中でカンノくんが言っていたのはこれですね。

ハードロックバンドをやっているお父さんが娘の結婚式で歌った「糸」。

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ギターという楽器が特権性を失っていく過程から考える「ギターソロ論争」

ここしばらく、音楽好きの間でギターソロに関する議論が盛り上がっていた。

 

きっかけとなったのは、ニューヨーク・タイムズの記事において、「今年のグラミー賞ノミネート曲の中にギターソロを含んだものがなかった」と書かれていたこと。

 

 

このことが「衝撃の事実!」みたいな感じで日本のTwitterで紹介されて、一家言ある方々がいろんな意見を表明したりしたという流れ。

 

全体として、ギターソロはもう時代遅れだよね…っていう論調が目立ったんだけど、実はニューヨーク・タイムズの元の記事においては、最近の曲にギターソロがないっていう話はマクラみたいな部分であって、それでもギターソロの役割は終わったわけではない!っていうのが全体の趣旨。

 

記事のタイトルからして、「なぜ我々はギターソロをやめられないのか?」だしね。

 

では、本邦のギターソロ論争はなぜ誤読気味に盛り上がってしまったのか。

 

ギターソロ論争に必要な2つの観点

いわゆるギターソロを語るには2つの観点があるわけです。

 

ひとつは、ギターという楽器に関する議論。

もうひとつは、曲の長さとかイントロとか間奏に関する議論。

 

 

ニューヨーク・タイムズの元記事は、前者について語りたかったわけで、ジミ・ヘンドリックスとかヴァン・ヘイレンとかトム・モレロといった革命的ギタリストに言及しつつたっぷり語っていた。

で、たしかにロック黄金時代みたいな豪華なギターソロの時代は終わったかもしれないけど、ギターソロにしかできない役割ってあるよね!みたいな結論だった。

 

しかし、日本で盛り上がったのはおもに後者の話だったんだよね。

 

曲の間奏を埋めたりイントロを彩ったりするのは別にギターじゃなくてもいいので、ギターソロ論争イコール尺の話というわけではないはずなんだけど、「最近の曲はギターソロが少ない」っていう話が、「長い曲は聴かれなくなった」という話に直結してしまった。

 

サブスク時代になってイントロが長い曲は聴かれなくなったとか、そういう単純な話はいいので、ここではギターっていう楽器が持っていた特権性みたいなところから掘り下げてみたいと思います。

 

ギターの特権性

1960年代から2000年代までは、ヒットチャートにおいてロックおよびロックの意匠を取り入れたポップスがずっと中心的な位置にいた。

 

そんな時代の若者が音楽に興味を持つのは、だいたいエレキギターへの憧れが入り口で、みんな掃除の時間にホウキをギター代わりにかき鳴らしたりしていた。

 

バンドを組むことになった場合、ベースやドラムはじゃんけんで負けたやつが仕方なく担当するもので、軽音楽部のギター:ヴォーカル:ベース:ドラムの人数比は5:3:1:1だった。

 

ブルースが源流にあるロック音楽においては、最初からギターは特別な地位にあり、その地位をフル活用したヒーローがたくさんいて、ますます特権的な地位を保っていたっていう感じ。

 

大仰でテクニカルで派手なギターソロは、80年代までは花形だった。

「天国への階段」「ボヘミアン・ラプソディ」「ホテル・カリフォルニア」など、いわゆるロックの名曲と言われる曲には名ギターソロがつきものだった。

 

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ギターソロ専用コード進行

現在のJ-POPにおいては、ギターソロがあったとしてもバッキングはAメロのコード進行と同じってパターンが多い。

 

これはギターソロっていうか間奏であり、別にギターがソロを弾かなくてもよくて、鍵盤ソロでもいいし、ただのAメロのバッキングを8小節やるだけでも成立はする。

 

乱暴な言い方をすると、ここまでずっと歌が続いてきたので一休みしたいとか、曲の展開としてもちょっと飽きがくる頃合いなので何かしら目先を変えよう、っていうぐらいの役割でしかない。

 

 

これがかつてのギターソロ全盛期においては、入る場所は同じなんだけど、コード進行やリズムがですね、ギターソロ専用のものになってたりする。

 

曲の他の部分では使われてない、ギターソロ専用のコード進行で、ソロをより一層盛り上げようとするわけ。

 


 

 

これらの曲においては、歌メロと同等か、何ならそれ以上の地位がギターソロに与えられていた。

 

 

オルタナティブ革命

ところが、90年代に入るとニルヴァーナを中心としたオルタナティブ・ロックの時代になり、価値観が大きく転換した。

 

オルタナティブ」っていうのは、当時メインストリームだった商業的で派手で嘘くさいロック「じゃない方」っていう意味。

 

そう。新しい価値観では、ギターソロは予定調和的で不自然で陳腐でダサいものとされた。

 

このあたりの詳しい経緯は拙ブログのロングテール過去記事をご覧いただくとして、要するに様式美みたいなものが一気に葬られたのがこの時代だったということです。

ヘヴィ・メタルはなぜ滅んだか(メタルの墓) - 森の掟

 

 

現代も大きくみればオルタナティブ以降の価値観が続いていると考えると、実はギターソロは30年前に死刑宣告されていて、最近ついに獄中死したという見方もできる。

 

オルタナティブ価値観以降の最後のギターヒーロー、トム・モレロ(頭出し済み)

 

ただ、90年代のオルタナティブ・ロックやグランジは、それでも音楽的には70年代ロックの匂いを引きずっていたと思う。

思春期になって親を否定し始めたけど、幼少期は親のレコード棚にあるブラック・サバスAC/DCを聴いて育った世代なので。

 

今あらためて聴くと、70年代ハードロックと80年代ハードコアパンクの両方から同じぐらい影響を受けた音だというのがよくわかる。

 

しかし、さらに時代が下ってくると、いよいよその匂いも消えてくる。

 

ゼロ年代前半のポスト・パンクリバイバルやその後のニュー・レイヴの流れを経て、ロックバンドにおけるギターの立ち位置は明らかに変化していった。

 

一言でいうと、ポスト・パンクリバイバル以降、ギターはソロを弾いたり単音で「うたう」ものではなくなり、かき鳴らすものになった。

 

ゼロ年代以降の日本のギターヒーロー的な存在を思い浮かべれば、アベフトシミッシェル・ガン・エレファント)や田渕ひさ子ナンバーガール)や長岡亮介(ペトロールズ、東京事変)あたりはみんなギターソロを弾く人って感じではない。

 

現代のいわゆる邦ロックにおけるギターの役割は、カッティングやミニマルなフレーズでループ感やグルーヴを作り出すリズム楽器としての使われ方が中心になった。

 

歌メロと絡んで「うたう」楽器はむしろベースになってきてる印象。

 

ポスト・パンク経由のアフロビートでギターが完全にリズム楽器になっている例

 

ギター・マガジン

1980年に創刊した月刊『ギター・マガジン』といえば、かつてはフュージョンヘヴィメタルのギタリストの速弾きとかテクニカルな奏法を解説する特集とか、機材に関する話題が中心の雑誌だった。

 

2000年ぐらいまでのギタリストの興味関心はほぼそっち方面ばかりだったということでしょう。

 

ところが、数年前からそんな『ギター・マガジン』誌の編集方針が大きく変わった。

 

モータウンAOR、歌謡曲、ブラジル、J-POP、レゲエ、カントリー、シティ・ポップなどの特集を組むようになり、在庫切れになるほど話題になったのである。

長年ジミー・ペイジとか松本孝弘とかが表紙を飾っていた雑誌とは思えない変化。

 

これって、ギタリストを志す若者や今もギターを弾きたい大人にとって、興味をひく対象がもはやギターソロ的なものじゃなくなったことの証明だと思う。

 

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以上、ロックおよびロックの意匠を取り入れたポップスにおける、ギターという楽器の役割の変遷について見てきました。

 

まとめると、1991年のオルタナティブ革命でギターという楽器の特権性は失われ、2000年台のポスト・パンクリバイバル以降はリズム楽器としての性格を強めていった。その結果、ギタリストの興味関心もギターソロから離れていったということ。

 

ちょっと長くなったけど、現在のギターソロ論争であまり言及されていなかった部分について丁寧に触れてみました。

 

 

「関ジャム 完全燃SHOW 若手アーティストが選ぶ最強平成ソング BEST30」から漏れてしまった「平成み」をリアルタイム世代が分析する

2022年5月6日の『関ジャム 完全燃SHOW』ゴールデン2時間SPにおいて、「令和に活躍する若手アーティストが選ぶ最強平成ソング BEST30」が発表された。

 

TVerで5月13日まで視聴可能

 

番組では、アイナ・ジ・エンド(BiSH)、井上苑子、Aimer、Awesome City Club神はサイコロを振らない、syudou、ちゃんみな、Vaundy、ハラミちゃん、yama、緑黄色社会ら平均年齢25.8歳、いま大活躍中の若手人気アーティスト48名に一斉アンケートを実施。
平成の30年間にリリースされた膨大なJ-POP楽曲の中から“最強平成ソング”を選出してもらった。

 

という趣旨なので、リアルタイムに平成(特に初期)を過ごした世代の実感とはかなりかけ離れたベスト30が選出されており、お茶の間の大人たちに衝撃が走った。

 

その結果がこちら。

 

 

小渕官房長官が「平成」の額縁を掲げた瞬間から今まで、ずっとJ-POPを観察してきたリアルタイム世代としては、このランキングは非常に興味深い。

 

誰もが気になるあれこれが入っていない理由など、ここから読み取れることは多いので、今日はその話をします。

 

抜け落ちてしまった「平成み」

平均年齢25.8歳の選者にとって、平成は後半になってやっと物心がつくような感じ。

 

番組を見ていても、みんな主に下記の2つの理由で選曲していた。

1. 小学生のときに流行った曲

2. 後追いで知ったすごい曲

 

つまり、当時おもに大人が聴いていた曲は入りづらいだろう。

また後追いで知ったパターンだと、すでに神格化されたものが入りやすい。

 

そうなると、平成初期に時代の空気に寄り添っていた大人向けの曲はここには入りにくい。

たとえばR&Bやヒップホップ周辺なんかは、ベスト30には28位の平井堅のみ入っていて、それ以下に39位のMISIAと50位の久保田利伸がギリギリ残っている状態。

 

あれだけ力強くJ-POPの潮流を作り出したにもかかわらず、当時小学生だった世代には大人すぎて届いてなかったということでしょう。

 

 

 

しかしそれにしても、平成J-POPにはクラブカルチャーを薄めて大衆化した要素が濃厚に詰まっているのが大きな特徴のひとつだと認識していたので、平均年齢25.8歳の選者ということを考慮しても、ここまでR&B/ヒップホップが選ばれてないのは驚きだった。

 

選者の作っている音楽性の偏りは考慮したとしても、「今夜はブギー・バック」ぐらいは入っててもいいんじゃないかって思うよね。

 

 

R&B/ヒップホップをはじめ、レゲエ、テクノといったジャンルがクラブカルチャーから生まれてJ-POPに取り込まれたことは事実だし、それによって90年代以降のJ-POPがカラフルでグルーヴィーになったのは間違いない。

また、渋谷系がもっともそうだけど、それに限らず幅広い現場で、DJカルチャー発祥のサンプリングとか引用の手法が多用されたという効果もある。

 

↑クラブの雰囲気をいい意味でチャラく取り込んだJ-POPの最高峰、mihimaru GT「気分上々↑↑」

 

これらの要素はJ-POPにとってすごく重要だと思ってるんだけど、今回の30曲からは完全に抜け落ちている。

 

宇多田ヒカルもリアルタイム世代からしたらR&Bブームの中から出てきたひとりって捉えてるけど、後追い世代にはそう見えていないんだよな。

 

キリンジ史観

俗に「はっぴいえんど史観」とよばれるものがある。

日本のロックは1970年のはっぴいえんどから始まって、みんなそこから影響を受けたんだという歴史観のこと。

 

たしかに、はっぴいえんどは偉大な存在ではあるけど、リアルタイムではほとんど知られてなかったし、実は同時代に直接的な影響をうけた人たちはそんなに多くない。

 

むしろ、当時のロック好きはフラワー・トラベリン・バンドとかのハードロックを好んでいたし、キャロルやサディスティック・ミカ・バンドのほうがインパクトがあった。

 

しかし、後の世代が日本のロック名盤に「風街ろまん」を選ぶようになると、当時の空気感を知らないわれわれ世代は、あたかもはっぴいえんどがリアルタイムで影響を与えていたかのように思ってしまいがち。

 

 

今回の平成30曲でも、キリンジフジファブリック、たまが、当時を知る世代からするとすごく違和感のある高順位でランク入りしていた。

 

あたかも平成のJ-POPにキリンジが絶大な影響を与えたかのように見えてしまうけど、そんなことないもんね。

たしかに、キリンジは90年代に脈々とあったローファイ至上主義みたいな価値観に対するカウンターとして、ミュージシャンにとってはインパクトがあったことは事実。それでも平成のすべてを通じてのランキングで2位ってことはない。

 

70年代の若者のほとんどが「風をあつめて」なんて知らなかったのと同じ程度に、「エイリアンズ」は後の世代がどんどん神格化していってる印象がある。

 

なるほど、こうやって歴史観って作られていってしまうんだなと。

年寄りのつとめとして、そこらへんの空気感については発信していかないといけない気になってます。

 

意外と入らなかった大物

あとやはりみんな気になったのが、小室哲哉ビーイングがまったく入っていないってこと。

 

1993年〜1998年ぐらいまで、ビーイング系のアーティストたち(ZARD、T-BOLLAN、WANDS、B'z、TUBE)や、小室哲哉プロデュースのアーティストたち(TRF安室奈美恵華原朋美、globeなど)が、ずっとチャートの上位を占拠していたわけでしょ。

 

音楽に興味がない人にも、売れてる音楽を敵視してる人にも、当時の日本社会で生きていたほぼ全員に浸透していた小室哲哉ビーイング

 

それがまったく存在しなかったかのようなこのベスト30のラインナップ、さすがにどよめきを禁じえない。

 

あとバンド方面でいうと、GLAYラルクやXを含めたヴィジュアル系が全滅しているのと、ブランキー、ミッシェル、イエモンといったお茶の間にまで届いたバンドも見当たらない。

 

これも非常に興味深い現象だなと思っていて。

さっきの「はっぴいえんど史観」にも通じる話だけど、結局は「誰が音楽を語り継いでいくのか」ということでしょう。

 

70年代にキャロルやクリエイションを聴いていた当時のロック好きのマジョリティではなく、はっぴいえんどを聴いていたマイノリティだけど文化エリートっていう人たちばかりが、後にロック史を紡ぐ立場になった。

 

それと同じことで、HIDEに憧れてギターを買ったり、あゆに憧れてケータイ小説を書いたり、湘南乃風に憧れてレゲエに興味を持ったりした人たちは当時たくさんいたけど、今回の選者の中にはそういったタイプはいない。

今回の番組でいえば、キリンジの良さがちゃんとわかる文化エリート層だけが、次の時代に語り継ぐ資格を与えられたってことでしょう。

 

シティポップと呼ばれなかった音楽の吹き溜まり

ハードオフでジャンク品のレコードを掘っていると、アリス、さだまさし松山千春あたりのレコードが大量に出てくる。

 

需要と供給の関係で、2020年代にはほとんど誰にも必要とされなくなったレコードたちってことになるけど、彼らだって1970年代には絶大な人気を誇っていたわけでしょう。

にもかかわらず、誰にも語り継がれなかったために、残念ながら次の世代にとっては価値がないことになってしまった。

 

アリスやさだまさし松山千春は、70年代当時、荒井由実山下達郎大滝詠一あたりと一緒に「ニューミュージック」と呼ばれていた。

「ニューミュージック」っていうのは、伝統的な歌謡曲ではない新しい感性の若者の音楽みたいなニュアンスであり、90年代における「J-POP」のもつニュアンスとほとんど同じ。

 

そんな「ニューミュージック」のアーティストのうち、一部は現在「シティポップ」という名前で若い世代にも支持されている。

すなわち、ニューミュージックからシティポップという上澄みを取り除いた残りの部分がハードオフに吹き溜まっているわけです。

 

あれと同じことが、ついに平成J-POPにおいても発生したんだなと。

歴史が作られてしまう瞬間に立ち会ったんだなと。

 

非常に興味深く眺めていたんだけど、それと同時に、さびしい気持ちもやっぱりある。

 

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