森の掟

J-POPやメタルやフェスや音楽番組なんかの批評(という名の無益な墓掘り行為)

AIが普及しても作曲家と棋士は生き残れるか

作曲AIが話題になっている。

 

 

 

AIに楽曲を生成させることができ、できた曲は著作権フリーで自由に使えるというもの。

AIにはギャラも払う必要なく何百曲でも作ってくれるし変なプライドもないからやり直しもさせ放題なので、人間の作曲家はもう不要になってしまうかもしれない。

 

そこまでじゃなくても、これから現在の音楽業界の中でAIがある程度の位置を占めるようになってくるんだろうか。

 

音楽をつくったり聴いたり語ったりすることが好き過ぎる自分のような人間にとって、この件はちょっと見過ごせない。

 

実際に使ってみた

FIMMIGRM(フィミグラム)というアプリがある。

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このように、キーとジャンルとBPMと長さを指定してボタンを押せば、条件に合った曲が数秒でできてきた。

R&BやRockといったジャンルを指定するとビートやアレンジも変わる。

 

たしかに、機械が作ったとは言われないとわからない自然なメロディ、ビートで、これはすごいかもしれないとは思った。

 

 

ただ、アプリをいろいろ調べたけど今できるのは2小節のループまでだった。

イントロ〜Aメロ〜サビみたいな構成のある楽曲ではない。

 

つまりYouTubeとかインスタライブのBGMとして流しておける曲としてのニーズを満たせればよいということだと思った。

これも作曲といえば作曲だけど、イメージしていたものとはまだ乖離があったという印象。

 

 

AIの仕組み

作曲AIは、過去の膨大な楽曲を勉強させることで、パターンを見つけ出し、分析してアウトプットする仕組み。

 

それは将棋のAIが過去の棋譜を勉強するのと似ている。

 

一般に、AIに学習させる膨大なデータを「教師データ」という。

いろんな分野にAIが進出してきているけど、教師データとしてどんなデータをどれぐらい学習させるか、そしてどんなアルゴリズムに基づいてアウトプットさせるか、AIの質を決めるのは大まかにその2点。

 

 

将棋の場合、明確な勝ち負けとルールがあって、相手と自分の駒の配置がこの状態のとき、次にどこにどの駒を打つと勝利に近づくのかということなので、なんとなくAIに向いているような気がする。

盤面は9かける9のマス目で、駒の動き方も決まっているので、そこもデジタルな処理に向いているし。

 

作曲も、昔からそもそも楽譜というデジタルなものにある程度は書き起こすことができるものだったし、さらに打ち込みの電子音楽MIDIという規格でデジタル化されたもの。

過去の膨大な楽曲をデータ化して教師データとすることは全然可能だったりする。

 

人間の演奏者にしかないとされてきた微妙な揺れや癖、グルーヴみたいなものさえ、最近ではデータ化して機械が再現できるようになっている。

 

 

人間の作曲

では作曲AIは人間の作曲家と全然違うやり方で「作曲」しているのだろうか。

 

人間の作曲家にこの問いをぶつけたところ、実は人間の作曲家はAIの劣化版みたいなものだという。

 

つまり、リスナーとしてこれまで聴いてきた楽曲を教師データとして頭の中に蓄積していて、それを元に構築したアルゴリズムに基づいて、自分が良いと思う曲をつくりだしているわけで、その点ではAIがやっていることと同じだという。

 

だいたいの場合、よっぽどの音楽マニアであっても人間の作曲家はAIと比べて教師データの数が少ない。

また人間の脳みそはすぐに疲れるし作曲に時間もかかるので、AIと比べて量産がきかない。

 

動画配信向けのBGMをつくるという目的においては、もはやAIの圧勝なのかもしれない。

 

作曲っていうと何か感性がするどい人間のアーティストにしかできないことだと思われるかもしれないけど、ほとんどすべての作曲家は過去の作品を参照しているし、音楽にまつわるほとんどすべてが理論化されているし、ほとんどすべての要素がデジタルデータにすることが可能だったりする。

 

そしたら、あと人間にできることといったらどこだろうか。

サラリーマンの世界では、自分の仕事がAIに奪われるのではないかという危機感はリアルなものになってきており、AI化できない領域で価値ある人材になりましょうなんて言われるようになってきたんだけど、音楽においても共通の課題だろう。

 

たとえば、カラオケの機械が登場したときに、歌う人のバックで生演奏していたバンドマンたちが大量に失業したという。

ど初期のヒップホップのライブでは同じレコードの2枚使いができるDJは必ず必要な存在だったけど、今は別に必須ではない。

 

そうやって、テクノロジーやスタイルの変化によって、ある職業が不要になったりあらたに生まれたりするのはポピュラー音楽の世界では常に行われていたこと。

それと同じように、AI作曲がさらに進化・普及していけば、人間の作曲家はほとんどいらなくなるかもしれない。

 

歌や歌詞といったものはAI化が難しい人間らしい技能の代表的なものだと考える人も多いだろうけど、たとえば、ここで紹介されている、AIが無限に生成しつづけるデスメタルも全然アリだった。

ただそれは、「これ機械なんだよな…」ってあらためてよく考えたときにわいてくる気持ち悪さが、デスメタルという音楽においてはプラスに作用するからかもしれない。


ほんとうの意味で教師を超える

これまでみてきたように、作曲AIは膨大な教師データを読み込んで学習する。

 

将棋のAIが、大量の棋譜を称しデータにして学習した結果、その棋譜を残した棋士よりも強くなってしまうごとく、アルゴリズムによっては、教師を超えるものもできるかもしれない。

 

まあ、音楽には将棋と違って明確な勝ち負けがないんだけど、仮に100人に聴かせてみて良いと評価した人数で競ったとして、AIが人間の作曲家に勝つ日は案外遠くないかもしれない。

 

ただ、それだとほんとうの意味で教師を超えたことにはならないと思っている。

 

ビートルズジェームス・ブラウンブラック・サバスクラフトワークアフリカ・バンバータボアダムスといった人たちは、それ以前の音楽を参照しながら、まったく新しいものを創造した。

それまでにあった「良い音楽」という基準ごとリニューアルしてしまった。

 

将棋のルールの中で最強の一手を選ぶのではなく、銀を10枚にしたり新しい動き方のスーパー桂馬を作ったりして将棋をもっとおもしろくしてしまったみたいなもの。

 

そういうことがAIにはできるのだろうか。

なんかそこが最後の聖域のような気がしています。