2022年5月6日の『関ジャム 完全燃SHOW』ゴールデン2時間SPにおいて、「令和に活躍する若手アーティストが選ぶ最強平成ソング BEST30」が発表された。
↑TVerで5月13日まで視聴可能
番組では、アイナ・ジ・エンド(BiSH)、井上苑子、Aimer、Awesome City Club、神はサイコロを振らない、syudou、ちゃんみな、Vaundy、ハラミちゃん、yama、緑黄色社会ら平均年齢25.8歳、いま大活躍中の若手人気アーティスト48名に一斉アンケートを実施。
平成の30年間にリリースされた膨大なJ-POP楽曲の中から“最強平成ソング”を選出してもらった。
という趣旨なので、リアルタイムに平成(特に初期)を過ごした世代の実感とはかなりかけ離れたベスト30が選出されており、お茶の間の大人たちに衝撃が走った。
その結果がこちら。
小渕官房長官が「平成」の額縁を掲げた瞬間から今まで、ずっとJ-POPを観察してきたリアルタイム世代としては、このランキングは非常に興味深い。
誰もが気になるあれこれが入っていない理由など、ここから読み取れることは多いので、今日はその話をします。
抜け落ちてしまった「平成み」
平均年齢25.8歳の選者にとって、平成は後半になってやっと物心がつくような感じ。
番組を見ていても、みんな主に下記の2つの理由で選曲していた。
1. 小学生のときに流行った曲
2. 後追いで知ったすごい曲
つまり、当時おもに大人が聴いていた曲は入りづらいだろう。
また後追いで知ったパターンだと、すでに神格化されたものが入りやすい。
そうなると、平成初期に時代の空気に寄り添っていた大人向けの曲はここには入りにくい。
たとえばR&Bやヒップホップ周辺なんかは、ベスト30には28位の平井堅のみ入っていて、それ以下に39位のMISIAと50位の久保田利伸がギリギリ残っている状態。
あれだけ力強くJ-POPの潮流を作り出したにもかかわらず、当時小学生だった世代には大人すぎて届いてなかったということでしょう。
もちろん番組の特性はあるにせよ、令和の若手アーティストにとって平成J-POP地図にR&B/ヒップホップは含まれていない……のか。
— 松尾潔 (@kiyoshimatsuo) 2022年5月6日
そりゃあ安室+宇多田+MISIAの3人は別格としても、です。#関ジャムゴールデンSP
思っていた以上に、ここは依然として「ロックの国」なんですねぇ。重い現実を突きつけられた気分。
— 松尾潔 (@kiyoshimatsuo) 2022年5月6日
壁は高い。そして厚い。でも信じる道を進むしかないな。
同志よ!#関ジャムゴールデンSP #RnB #HipHop https://t.co/a8GJlHShOK
しかしそれにしても、平成J-POPにはクラブカルチャーを薄めて大衆化した要素が濃厚に詰まっているのが大きな特徴のひとつだと認識していたので、平均年齢25.8歳の選者ということを考慮しても、ここまでR&B/ヒップホップが選ばれてないのは驚きだった。
選者の作っている音楽性の偏りは考慮したとしても、「今夜はブギー・バック」ぐらいは入っててもいいんじゃないかって思うよね。
R&B/ヒップホップをはじめ、レゲエ、テクノといったジャンルがクラブカルチャーから生まれてJ-POPに取り込まれたことは事実だし、それによって90年代以降のJ-POPがカラフルでグルーヴィーになったのは間違いない。
また、渋谷系がもっともそうだけど、それに限らず幅広い現場で、DJカルチャー発祥のサンプリングとか引用の手法が多用されたという効果もある。
↑クラブの雰囲気をいい意味でチャラく取り込んだJ-POPの最高峰、mihimaru GT「気分上々↑↑」
これらの要素はJ-POPにとってすごく重要だと思ってるんだけど、今回の30曲からは完全に抜け落ちている。
宇多田ヒカルもリアルタイム世代からしたらR&Bブームの中から出てきたひとりって捉えてるけど、後追い世代にはそう見えていないんだよな。
キリンジ史観
俗に「はっぴいえんど史観」とよばれるものがある。
日本のロックは1970年のはっぴいえんどから始まって、みんなそこから影響を受けたんだという歴史観のこと。
たしかに、はっぴいえんどは偉大な存在ではあるけど、リアルタイムではほとんど知られてなかったし、実は同時代に直接的な影響をうけた人たちはそんなに多くない。
むしろ、当時のロック好きはフラワー・トラベリン・バンドとかのハードロックを好んでいたし、キャロルやサディスティック・ミカ・バンドのほうがインパクトがあった。
しかし、後の世代が日本のロック名盤に「風街ろまん」を選ぶようになると、当時の空気感を知らないわれわれ世代は、あたかもはっぴいえんどがリアルタイムで影響を与えていたかのように思ってしまいがち。
今回の平成30曲でも、キリンジ、フジファブリック、たまが、当時を知る世代からするとすごく違和感のある高順位でランク入りしていた。
あたかも平成のJ-POPにキリンジが絶大な影響を与えたかのように見えてしまうけど、そんなことないもんね。
たしかに、キリンジは90年代に脈々とあったローファイ至上主義みたいな価値観に対するカウンターとして、ミュージシャンにとってはインパクトがあったことは事実。それでも平成のすべてを通じてのランキングで2位ってことはない。
70年代の若者のほとんどが「風をあつめて」なんて知らなかったのと同じ程度に、「エイリアンズ」は後の世代がどんどん神格化していってる印象がある。
なるほど、こうやって歴史観って作られていってしまうんだなと。
年寄りのつとめとして、そこらへんの空気感については発信していかないといけない気になってます。
意外と入らなかった大物
あとやはりみんな気になったのが、小室哲哉とビーイングがまったく入っていないってこと。
1993年〜1998年ぐらいまで、ビーイング系のアーティストたち(ZARD、T-BOLLAN、WANDS、B'z、TUBE)や、小室哲哉プロデュースのアーティストたち(TRF、安室奈美恵、華原朋美、globeなど)が、ずっとチャートの上位を占拠していたわけでしょ。
音楽に興味がない人にも、売れてる音楽を敵視してる人にも、当時の日本社会で生きていたほぼ全員に浸透していた小室哲哉とビーイング。
それがまったく存在しなかったかのようなこのベスト30のラインナップ、さすがにどよめきを禁じえない。
あとバンド方面でいうと、GLAYやラルクやXを含めたヴィジュアル系が全滅しているのと、ブランキー、ミッシェル、イエモンといったお茶の間にまで届いたバンドも見当たらない。
これも非常に興味深い現象だなと思っていて。
さっきの「はっぴいえんど史観」にも通じる話だけど、結局は「誰が音楽を語り継いでいくのか」ということでしょう。
70年代にキャロルやクリエイションを聴いていた当時のロック好きのマジョリティではなく、はっぴいえんどを聴いていたマイノリティだけど文化エリートっていう人たちばかりが、後にロック史を紡ぐ立場になった。
それと同じことで、HIDEに憧れてギターを買ったり、あゆに憧れてケータイ小説を書いたり、湘南乃風に憧れてレゲエに興味を持ったりした人たちは当時たくさんいたけど、今回の選者の中にはそういったタイプはいない。
今回の番組でいえば、キリンジの良さがちゃんとわかる文化エリート層だけが、次の時代に語り継ぐ資格を与えられたってことでしょう。
シティポップと呼ばれなかった音楽の吹き溜まり
ハードオフでジャンク品のレコードを掘っていると、アリス、さだまさし、松山千春あたりのレコードが大量に出てくる。
需要と供給の関係で、2020年代にはほとんど誰にも必要とされなくなったレコードたちってことになるけど、彼らだって1970年代には絶大な人気を誇っていたわけでしょう。
にもかかわらず、誰にも語り継がれなかったために、残念ながら次の世代にとっては価値がないことになってしまった。
アリスやさだまさしや松山千春は、70年代当時、荒井由実や山下達郎や大滝詠一あたりと一緒に「ニューミュージック」と呼ばれていた。
「ニューミュージック」っていうのは、伝統的な歌謡曲ではない新しい感性の若者の音楽みたいなニュアンスであり、90年代における「J-POP」のもつニュアンスとほとんど同じ。
そんな「ニューミュージック」のアーティストのうち、一部は現在「シティポップ」という名前で若い世代にも支持されている。
すなわち、ニューミュージックからシティポップという上澄みを取り除いた残りの部分がハードオフに吹き溜まっているわけです。
あれと同じことが、ついに平成J-POPにおいても発生したんだなと。
歴史が作られてしまう瞬間に立ち会ったんだなと。
非常に興味深く眺めていたんだけど、それと同時に、さびしい気持ちもやっぱりある。