森の掟

J-POPやメタルやフェスや音楽番組なんかの批評(という名の無益な墓掘り行為)

ビートルズ最後の新曲を可能にした「デミックス」はもっと可能性がありそう

ビートルズが最後の新曲としてリリースした「ナウ・アンド・ゼン」。

 


ジョン・レノンが遺したデモ音源から歌声だけを抜き出し、ポールとリンゴがベースやドラムを演奏し、そこにジョージが生前録音していたギターを重ねることで完成したという、時空を超えてメンバーが最後の共同作業をおこなった新曲。

 

実はジョンのデモ音源は、1994年にはオノ・ヨーコからポールらに託されていたんだけど、その時代のテクノロジーでは、デモ音源から声だけを抜き出すことができず、ずっとお蔵入りになっていたという。

今回、AI技術の進化により、デモ音源からピアノと声を分離することに成功したため、「ナウ・アンド・ゼン」のプロジェクトが一気に進んだ。

 

この技術は「デミックス」といって、ビートルズのアルバム『リボルバー』を2022年に生まれ変わらせたのと同じ手法。

今回「ナウ・アンド・ゼン」と同じタイミングでリリースされたいわゆる赤盤・青盤の2023年エディションも、同じ手法。

 

特に赤盤は60年代前半の録音であり、現代と比べると録音技術に大きな制約があったわけで、やはり2023年エディションは、われわれがずっと聴いてきたものとは全然違う仕上がりになっていて衝撃だった。

 

デミックスとは

ではこの「デミックス」というのはどういう技術なのか。

その話をするにあたり、まずは基本的なレコーディングの仕組みについて見ていきたい。

 

楽曲をレコーディングする際には、いろんな楽器をバラバラに録音する。

ロックバンドの場合、まず最初にドラマーがスタジオに入り、メトロノーム的なものに合わせてドラムを叩き、それを録音する。

次にベーシストがスタジオに入り、さっき録音されたドラムに合わせてベースを弾き、それを録音する。

次にギタリストがスタジオに入り、さっき録音されたドラムとベースに合わせてリズムギターを弾き、、、といった具合にどんどん楽器を重ねていく。

 

それぞれの楽器は、独立したトラックに録音していくので、後で録音したパートだけの音量を上げ下げしたり加工したりすることができる。

この、バラバラに録音された状態の音源はレコード会社なりが所持しており、公式のリミックスが制作される際には、各トラックを抜き出したり加工したりすることができる。

 

90年代以降はデジタルレコーディングになっているので、トラック数はほぼ無限。好きなだけ楽器を重ねていくことができる。

ドラムはマイク1本ごとに1トラック使えたり、ギターはアンプに立てたマイクとライン録音と部屋の鳴りにそれぞれ1トラックずつ使えたりする。

なので、90年代以降に録音された楽曲については、基本的にはデミックスをする必要がない。

 

一方、アナログ時代のレコーディング、特に60年代前半などにおいては、物理的なテープに録音していくため、使えるトラック数に限りがあった。

赤盤の頃のビートルズは4トラックしか使えなかったため、必然的に複数の楽器をひとつのトラックにまとめて録音せざるを得なかったわけ。

なので、後からドラムのキックだけを上げたいとか、ギターをキラキラさせたいとか思っても、同じトラックに入っている他の楽器の音まで一緒に上がってしまったりするので、うまくいじれなかった。

 

ところが、デミックスという技術により、同じトラックにまとめて入ってしまっている楽器を分離できるようになった。いままで絶対に不可能とされてきたことがいきなり可能になったわけで本当にすごい。

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/ef/Tascam-16Track.jpg

16トラックのアナログテープレコーダー

 

デミックス希望その1

せっかくこのようなすばらしい技術が登場したんだから、ビートルズ以外にもデミックスしてクリアな音で再構築してもらいたい。

 

まずは、朝ドラ『ブギウギ』で再評価まっただなかの笠置シヅ子

マルチトラックでのレコーディングは1950年代終盤に登場した技術なので、戦前〜戦後すぐに活躍した笠置シヅ子の音源は、楽団も歌も一緒に一発録りしたもの。

すべての楽器が混ざって録音されているし、他にも当時の技術にはいろいろと限界があったので、現代のリッチな音に慣れた我々の耳にはどうしても物足りなく聴こえる。

 

耳の肥えた人はそこも想像力で補って脳内リプレイが可能なんだけど、現代人の多くに魅力が伝わるようなサウンドで聴いてみたいというのは多くの人の願いだろう。

 

実はそれに近い発想の取り組みはすでにあって、「東京ブギウギ」の原曲にウッドベースとパーカッションを重ね、音像も全体的にパキッとさせたバージョン「東京ブギウギ Boogie Woogie Age Re-Edit (Re-Edit by DJ Yoshizawa dynamite.jp)」がつい最近リリースされた。

 

これもかなりいい感じなんだけど、やはりオリジナル音源のビッグバンドの各楽器を最新のAI技術でクリアにデミックスして、職人技で磨きをかけたら雰囲気が一変するのではないか。

 

戦前戦後に録音されたビッグバンドのデミックスとなると、ビートルズよりも大変な仕事になるだろうけど、クールジャパンとかいって億単位の税金を無駄にするぐらいなら、こういうのを国家プロジェクトとしてやってほしい。

 

それが無理なら、音源から笠置シヅ子の歌声だけを抜き出して、服部隆之アレンジの現代のビッグバンドの演奏にのせるとかでもいい。

アカペラ音源を公式が配布して、リミックスコンテストをやるのもいいと思います。

 

デミックス希望その2

そんな笠置シヅ子のものまねで人気を博したのが、少女時代の美空ひばり

 

デビュー曲「河童ブギウギ」は1949年リリースなので当然マルチトラックレコーディングではない。

 

 

この音源だとせっかくのご機嫌なバックバンドが歌声に埋もれてしまっているので、デミックスによって打楽器も含めていい感じに生まれ変わったものを聴いてみたいよね。

 

AI美空ひばりは、生前の歌声を学習させて晩年の歌声を生成させたものだったが、むしろ10代のキレキレのリズム歌謡をデミックスするためにこそAI技術を使ってもらいたい。

 

デミックス希望その3

時代的にはマルチトラックレコーディングが一般的になっていたとしても、ライブ録音はマルチじゃないことが多い。

 

最初からライブアルバムにするぞっていう体制で録音されたものは、スタジオと同じくマイク1本ごとにトラックを分割されてるんだけど、そうじゃない場合、PA卓でまとめた後の音源しかないってことになる。

 

たとえば70年代の伝説的なロックバンド、村八分

いまだにいろんなライブ音源が発掘されてリリースされ続けているけど、このあたりをデミックスで仕上げてみたらどうなるんだろうか。

 

 

いや、村八分が好きな人は音質とかどうでもいいというか、むしろ音質の悪さも含めて愛してるような気がするので、これは完全に余計なお世話かもしれない。