森の掟

J-POPやメタルやフェスや音楽番組なんかの批評(という名の無益な墓掘り行為)

『離婚しようよ』からマジで民主主義を学んだ(あと元ネタをたくさん見つけた)

Netflixオリジナルドラマ『離婚しようよ』がおもしろくて一気見しました。

 

親の地盤を引き継いだものの不倫や失言でバッシングされまくったボンクラ国会議員の夫(松坂桃李)と、複雑な家庭で育ち朝ドラの主演で国民的女優になった妻(仲里依紗)が離婚しようとする全9話。

 

宮藤官九郎大石静の共同脚本ってことで、ラブストーリーでありながら軽やかに笑えつつ芯を食った社会派でもあるという、絶妙なバランスのドラマに仕上がっている。

 

あくまで、一組の夫婦の離婚がメインテーマではあるんだけど、ドラマに奥行きや盛り上がりをつけるための舞台装置としての選挙や世襲議員といった要素が思いのほか効果を発揮していて、個人的にはもっぱら政治ドラマとして楽しめました。

 

今どき自分の人生や結婚や出産や離婚を自分の意思だけでは決めさせてもらえない世襲議員という存在は、よく考えたら起伏の激しい恋愛ドラマにはぴったりだった。そこに目をつけた宮藤官九郎大石静はすごい。

 

元ネタは現実の政治状況

ドラマの舞台となっているのは、愛媛県

ロケ地は松山市今治市大三島)なんだけど、一応「愛媛5区」っていう、実際には存在しない選挙区の話ってことになっている。

(現実の衆院小選挙区は愛媛4区までしかなく、次の選挙からはさらに減って3区までになる)

 

ちなみに実際の松山市は愛媛1区で、前回の選挙で当選した塩崎彰久って人は自民党のバリバリの世襲議員

じゃあ松坂桃李演じる東海林大志の元ネタはこの人なのかってことなんだけど、おそらくそうではなく、このキャラクターには他に複数のモデルが存在する。

 

(気づいた限りのものを書き出してみたので、他にもあったらぜひ教えてください)

 

小泉進次郎(神奈川11区)

まずはわかりやすいところから。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/43/Shinjir%C5%8D_Koizumi_20200718.jpg/1200px-Shinjir%C5%8D_Koizumi_20200718.jpg

イケメン枠だけど発言に中身がない世襲議員という評判や、妻が芸能人ってところなど、東海林大志っていうキャラは基本的にこの人がベースになっていると思われる。

 

世間的に一流とされる大学ではない学歴かつアメリカ留学もしたっていうところも一緒。

 

安倍晋三(山口4区)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/0e/Shinz%C5%8D_Abe_20120501.jpg/200px-Shinz%C5%8D_Abe_20120501.jpg

大志の母親、峰子(竹下景子)は、東海林家という政治家一族の業の深さを象徴する存在。

 

このキャラクターは、どう考えても「ゴッドマザー」と呼ばれた安倍洋子を思い出さずにはいられない。

昭和の妖怪と呼ばれた総理大臣岸信介の娘として生まれ、外相などを歴任した安倍晋太郎と結婚し、安倍晋三の母となった人。

 

 

このインタビューによると、ドラマの中の峰子かそれ以上のレベルで選挙にコミットしていたみたいだし、どうやら晋三から「ママ」と呼ばれていたらしいこともわかる。

 

安倍晋三夫妻の私邸があった渋谷区富ヶ谷のマンションの、別のフロアに住んでいたという。

そこも含めて、強烈な母親に頭が上がらなかったらしいところがドラマと一緒。

 

麻生太郎(福岡8区)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/90/Tar%C5%8D_As%C5%8D_20170920.jpg

小泉や安倍の呑気なボンボン感と比べてちょっとエグみが強すぎるので、一見、東海林大志っぽくはない。

 

しかし、「踏襲」を「ふしゅう」、「未曾有」を「みぞうゆう」など、漢字の読み間違いがとにかく多かった総理大臣時代の麻生太郎

 

また「子どもを産まなかった方が問題なんだから「セクハラ罪という罪はない」などいった女性蔑視な失言も多く、東海林大志のボンクラな人間性のモデルになっているはず。

 

戦後の日本をつくった総理・吉田茂の孫という、かなり強めの世襲議員


平井卓也(香川1区)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b2/Takuya_Hirai_20200131.jpg

愛媛5区の名門である東海林家は地元メディアも牛耳っており、親族が伊予毎朝新聞のオーナーという設定。

これは同じ四国の香川1区と四国新聞の関係をどうしても想起させる。

 

香川県でトップのシェアを誇る四国新聞は、初代デジタル大臣を努めた自民党平井卓也の親族がオーナー。

 

新聞社のオーナー一族で世襲議員でもある平井卓也と、同じ選挙区で激しい一騎打ちを繰り広げたのが立憲民主党小川淳也

その小川淳也は庶民派アピールとして、「パーマ屋のせがれ」を自称する。

 

そう、山本耕史演じる想田豪が「パン屋のせがれ」って設定もこれが元ネタですね。

 

 

東海林大志というキャラクターは、おそらくこのあたりの自民党世襲議員たちの要素をミックスして、おもにダメな部分を誇張してつくられていると思います。

 

パチアート恭二にもモデルが存在する!

錦戸亮演じる、パチプロにして謎のオブジェを制作するアーティスト、加納恭二。

 

何にも執着せずふわふわしていた彼が、ドラマの終盤に化ける。

愛媛5区の選挙で味わった祝祭感やむき出しの人間ドラマに魅せられ、日本全国を駆け巡って選挙の取材をするライターになったのである。

 

国政選挙だけでなく、沖縄の地方選挙にまで出向いて取材しているシーンも出てくるんだけど、実は、そんなことをやっている人は実在する。

 

畠山理仁(みちよし)という人。

 

「選挙の現場に『ハズレ』なし。骨の髄まで楽しんでもらいたい」。フリーランスライターの畠山理仁(みちよし)さん(49)は、そう言い切る。国政選挙から全国の知事・市長選、米大統領選まで、寝食を忘れて追っかけを続けること25年。激戦を取材しつつ地元の名産を味わう「選挙漫遊」を通じ、「民主主義のお祭り」のパワフルな魅力を発信してきた。

フリーランスライター 畠山理仁さん選挙の追っかけ25年、そんなに面白いですか? | 深デジ | 神戸新聞NEXT

 

 

恭二がブログで書いてることは、畠山さんがいろんな場所で書いたり話したりしてることをベースにしているのは間違いないと思う。

 

『離婚しようよ』から民主主義を考える

『離婚しようよ』がしっかりしているのは、政治家とか選挙といった題材を、上っ面じゃなくきっちり消化しているところ。

 

全9話あるうちの前半あたりでは、なんとなくおもしろネタとして政治家を取り上げてるだけなのかなと、半信半疑で見ていたんだけど、選挙戦が大詰めになってきた6話あたりから雰囲気が変わってくる。

 

いや、相変わらず笑って泣ける離婚ストーリーではあるんだけど、それと同時に、民主主義とは?政治家の役割とは?みたいなところにも触れてくるっていう、すごい状態になります。

 

もっとも重要だと思ったのが、公開討論会のシーン。

公開討論会には、愛媛5区には東海林大志と想田豪だけでなく、「赤シャツ」という第3の候補者も登場する。

この赤シャツ、おそらく政党や団体の支援を受けていない、独立系候補。昔の言い方だといわゆる「泡沫候補」ってやつ。

 

クドカン脚本によくある、お前もいたのかよ!っていうオチの要員(荒川良々が演じてそうな)として機能しつつ、世の中に訴えたいことをちゃんと持ってる候補者であることもわかってくる。

 

前述の畠山氏の選挙取材は、赤シャツ的な独立系候補にも公平にちゃんと取材するっていうスタイルが特徴的。

なので、2022年の参議院選挙では、なんと東京選挙区に立候補した34人全員に取材してその主張を紹介していた。

 

独立系候補って、奇をてらった政見放送や選挙ポスターから、頭がおかしい人だとかただの目立ちたがりだとか思ってしまいがちなんだけど、こうやってみると、それぞれに切実なテーマを掲げていることがわかる。

 

赤シャツが主張していた松山空港の件も、実際の政治問題になっている。

 

 

とはいっても、どう考えても当選する可能性がないのに、300万円の供託金を払って選挙に出るなんて無駄だろうって思うよね。自分もかつてはそうだった。

 

たしかに赤シャツの主張に賛同して投票した有権者はごくわずかで、当選にはほど遠い。

しかし、たとえば99対1という結果になった場合、99の側が好き勝手していいわけではない。小さい声だからといって1を無視していいってことではない。

それだとマイノリティはいつまでたっても報われないことになってしまう。

 

民主主義は多数決だって解釈してる人は多いけど、本当はそんなに単純ではない。

99と1のどちらにとっても納得できる落としどころを見つけ出すのが政治家の仕事であり、それはとっても泥臭くて大変な仕事でしょう。

 

公開討論会で赤シャツの主張を東海林大志が引き取ったあのシーンに、民主主義のお手本を見た。

 

おまけ(さらに細かい話)

政党

東海林大志が所属する「自由平和党」はもちろん、日本の世襲議員のほとんどが所属している自由民主党がモデル。

 

一方、想田豪が幹事長をつとめる野党第一党「改革の会」は、日本維新の会と、かつての民主党がモデルになっていると思われる。

税金の無駄遣いをなくせという主張は、現在の維新の主張でもあるが、政権交代した頃の民主党の「事業仕分け」を思い起こさせるシーンもあった。

また、終盤に政権交代を成し遂げた改革の会が、野党時代に主張していた勢いが失われてすっかりおとなしくなるっていうのも、民主党政権っぽい。

 

橋下徹

論戦に圧倒的な自信を持っていて、ときには汚い手段もとるっていう想田豪のキャラは、おそらく橋下徹がモデルになってるんだろうけど、実は他のキャラクターにも橋下徹の有名エピソードが反映されている。

 

それは、弁護士のヘンリーが「出馬は200%ない」って答えたシーン。

2007年、当時テレビの人気者だった弁護士の橋下徹が、大阪府知事選挙に出るのかと聞かれ、「2万%ない」って明言したにもかかわらずシレッと立候補したんだよね。

現実の数字ほうがドラマより100倍デカかったっていう。

 

比例復活(ネタバレ)

『離婚しようよ』で一点だけ気になったのが、総選挙で想田豪に100票差で敗れた東海林大志が浪人になってしまう展開。

小選挙区で落選しても、比例復活できるはずでは?と思った。

 

衆議院選挙は小選挙区比例代表並立制

つまり、小選挙区比例区の両方に立候補することができ、小選挙区で敗れても小選挙区での惜敗率が高ければ比例で復活当選することができるのです。

 

100票差で負けたんだったら惜敗率は最高のはずで、まっさきに復活できるんじゃないか。

 

あの展開で浪人になるとしたら、東海林大志の名前が比例名簿に載っていないっていうパターンだけでしょ。でも自民、いや自由平和党の伝統からはそんなことありえないしなーと、そこだけかなりモヤモヤしました。

 

共産党のキャッチコピー

あと、日本共産党が最近のポスターで「自由と平和」を掲げている。

「自由平和党」っていう自民党をモデルにした政党の名前に、共産党のコピーをもってくるっていうひねり方、狙ってやってたとしたらクドカンすごい。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2022-04-29/2022042901_02_0.jpg

 

選挙をさらにおもしろく味わう方法

『離婚しようよ』をきっかけに、選挙や政治がおもしろそうだと気づいた方には、このあたりもオススメです。

 

『セイジドウラク

「政治を道楽として楽しむ」ポッドキャスト番組。

TBSラジオ記者澤田大樹と選挙ライター宮原ジェフリーという濃すぎる政治オタクの2人が、選挙や政治にまつわるいろんな小ネタやそもそもの話を語る。

 

選挙カーの後ろを「本人」というタスキをかけて追いかけるスタイルは、名古屋市長の河村たかしが始めた、とか、公職選挙法上、告示前にやってはいけないこととやっていいこととか、そんな知識が詰まった番組なので、これを聴けば『離婚しようよ』のいろんなシーンがさらに味わい深くなるでしょう。

 

 

『なぜ君は総理大臣になれないのか』と『香川1区』

前述した、小川淳也平井卓也の香川1区における激しい選挙戦に密着したドキュメンタリー映画

小池百合子希望の党が日本中を大混乱に陥れたあの選挙戦が『なぜ君〜』で、その次の選挙が『香川1区』で扱われている。

 

田舎のお年寄りと話し込み、家族総出でエモい選挙戦を戦う立憲民主党の小川陣営と、企業や団体のパワーを背景に戦う自民党の平井陣営が対照的。

 


ヒルカラナンデス』

時事芸人のプチ鹿島とラッパーのダースレイダーの2人が、コロナ禍に始めたYouTube番組。

毎週金曜の正午から配信しており、先日ついに150回を迎えた。

 

石原伸晃下村博文菅義偉二階俊博平井卓也といった重鎮の政治家たちのふるまいに笑いをまぶした鋭いツッコミを入れるスタイルが評判となり、フジロックに出たりドキュメンタリー映画にもなった。

 

「民主主義」とか「代議士」といった言葉のそもそもの大原則に立ち返って語れる2人なので、おもしろおかしい語り口が上滑りすることなく刺さってくる。