森の掟

J-POPやメタルやフェスや音楽番組なんかの批評(という名の無益な墓掘り行為)

軽い気持ちではじめての歌舞伎

先日の国会傍聴に引き続き、有給消化による平日の休みを有意義にすごしたいシリーズ第二弾。

 

今回は歌舞伎座で歌舞伎を観てきました。

しかも1000円で。

 

歌舞伎のことほぼ知らない状態で行っても大丈夫だってことがわかったので、声を大にしてオススメするよっていう記事です。

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1000円で歌舞伎を観る方法

他の劇場はどうだか知らないんですが、銀座にある歌舞伎座では「一幕見席(ひとまくみせき)」っていうチケットの種別があって、1000円で歌舞伎を一幕観ることができる。

最前列とか花道のまわりとか桟敷席とかの良席は1万9千円する歌舞伎座で、一幕見席だと4階にはなるけど同じ芝居が1000円で観られる。

 

以前から漠然と歌舞伎への憧れはあったものの、でもお高いんでしょ?と思い込んでいたため、高いお金を払ったのに楽しめなかったらどうしようって不安が先に立って劇場に足が向かなかったわたし。

それがなんと1000円でいいっていうから、だったらもし全然楽しくなかったとしてもまあいいかってなるかなと思えた。居酒屋でラストオーダーを聞かれてつい頼みすぎて結局手を付けなかった焼きそば2つ分で1000円。どう考えてもそれよりはマシなお金の使いみちになるであろう。

 

ただ、一幕見席は、事前にチケットを買うことができない。

当日の開演30分前に歌舞伎座の脇の専用チケット売り場に並ぶ必要がある。

なんとなく平日の昼だし直前でも大丈夫だろうとナメて行ったら、外国人観光客や歌舞伎マニアみたいな方々で大行列。整理番号90番だったけどすでに立ち見と言われた。

30分前かそれ以前に並ばれることをオススメします。

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立ち見でもいいのでとチケットを購入すると、専用の小さいエレベーターで4階へ。

なので歌舞伎座のゴージャスなエントランスやロビーの華やかな雰囲気は味わえない。売店もない。そこだけ残念。

 

歌舞伎座の4階席は、覚悟していたよりは舞台に近かった。

武道館のスタンド席よりは近い。渋谷公会堂ぐらいの、キャパ2000クラスのホールの2階席とだいたい同じ距離感。日頃それぐらいの席でライブを見ることは普通なので問題なし。

一幕見席専用の導線で上がってきたせいか、生まれてはじめての歌舞伎なのにそんなにビクビクせずに済んでいる。

なんとなく海原雄山とか白木葉子みたいな上流階級の人々が威圧感たっぷりに闊歩しているような状況をイメージしていたんだけど、4階席にはまずそういう人はいなかったし、階下の高そうな席を見渡してみても、そこまでじゃなさそう。

 

音声ガイドは借りたほうがいい

エレベーターを降りたところで音声ガイドやプログラムを購入できる。

美術館とかにもよくある、イヤホンを通して解説の音声が流れてくるあの機械。

料金は500円プラス保証金として1000円を最初に支払い、返却時に1000円は戻ってくる仕組み。

 

落語にはかなり親しんでおり古典芸能リテラシーが高めだと自認してる自分でさえ、ガイドがないと見落としたり聞き取れなかったりした部分が多かったです。

役者さんのセリフは聞き取れても、長唄義太夫で話が進行するパートとなるとガイドがないとお手上げ。

 

また自分みたいな初心者は、舞台に出てきたのがなんていう役で、誰が演じているかもわからない。芝居の中で名乗ったりすることも基本的にないので、ガイドがないと筋を追うのが困難。特にみんな顔は白塗りや隈取をしているため誰が演じているか見分けることは不可能。

役者さん目当てで行くのであれば特にガイドは必須です。

 

あ、ガイドは片耳だけのイヤホンで、セリフにはかぶらないように配慮されている。

ガイドがうるさくて芝居の内容を邪魔するみたいなことはないので、その点はご心配なく。

 

歌舞伎のプログラム

歌舞伎では、大長編のストーリーの美味しいところを小一時間ぶん切り取ったものを「幕」と呼んでいる。

自分が行ったときもそうだったけど、他のときもだいたいそうらしいんだけど、そういうバラバラの幕を3〜4つ並べたラインナップが昼の部/夜の部になってる。

たとえるなら、今日は「北の国から」の草太兄ちゃんの死ぬ回と、「白い巨塔」の教授選挙の回と、「半沢直樹」の最終回をやりまーす!ここまでが昼の部ね、夜の部は「真田丸」と「逃げ恥」と…みたいな感じ。

たまに、「忠臣蔵」を最初から最後まで通しでやります!みたいな日もあるらしい。

 

一幕見席は、その3〜4つのラインナップのうち、好きな一幕だけを1000円前後で観られる制度。

銀座にいて次の予定まで1時間ちょっとあるな…ってときにフラッと立ち寄れてしまう…!歌舞伎がそんな気軽なものだとは知らんかった。もっと早く知りたかったよ。


で、もちろん一幕見席のチケットを4枚買って4000円で昼の部の最後までいてもいい。今回はそうしました。

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醍醐の花見(だいごのはなみ)

さて、いよいよ生まれてはじめての生の歌舞伎。

最初の演目は「醍醐の花見」というもの。

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天下を統一した絶頂期の豊臣秀吉が京都の醍醐寺で大規模な花見フェスを開催したっていう、実際のできごとをもとにした芝居。

登場人物が秀吉、北政所ねね、淀殿、秀頼、石田三成という、よく知ってる人々ということで安心感があった。それぞれがどんなキャラなのかよく知ってるし、どんなできごとなのかもだいたいわかるので。

 

永谷園のお茶漬けみたいな配色の幕が上がり、いよいよはじまり。

 

冒頭、寺の小僧さんが4人でてきて軽く説明的なセリフを言ってすぐハケる。背後には巨大な幕が張られているんだけど、小僧さんがハケるとその幕がバサッと取り除かれて、北政所たち着飾った女形の人がたくさん、さらにその後ろには生歌・生演奏の三味線の人たちがズラッと並んでいるのが目に入った。

 

その鮮やかさに、比喩じゃなくほんとに鳥肌がぞわーっと立った。

さすがに200年以上にわたって磨きに磨きまくられてきた演芸。江戸時代の娯楽の王様。

 

石田三成は子供の頃からずっと好きな、推し武将。その三成を演じていたのが「いだてん」の金栗四三こと中村勘九郎。当たり前だけど、朴訥とした熊本弁のあんちゃんではなく、本職はめちゃめちゃビシッとしててかっこよかった。
「いだてん」では三遊亭圓生を演じていた中村七之助は、豊臣家の花見にゲストとして招かれた公家の奥さん役。女形ってぼんやり観てるとほんと性別わからなくなる。身のこなしの洗練度合いがやばい。

 
秀吉以下の登場人物たちが、今日はたのしいね、さすが太閤殿下のやることはすごいね、せっかくだしちょっと踊りでも披露しますね、みたいな感じで話してそれぞれ舞を披露するという、単純なストーリー。

とにかく正月らしい華やかさ。

 

25分ぐらいの短い幕で、いきなり歌舞伎の魅力に心を掴まれてしまった。
素人でも楽しいと思えるだろうかっていう心配が杞憂だったことがすでに確定しました。

 

奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)

15分の幕間があって、続いては「奥州安達原」というおはなし。

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これは本来長編の芝居で、今日は中盤のシーンだけをやるらしい。
なので、このシーンに至るまでのストーリーが実際はある。音声ガイドではそのあたりも補足してくれるのでありがたい。まあ、ガイドがなくても全く理解不能ってことはない。

夕方なにげなくテレビをつけたら「科捜研の女」の途中からだったときみたいに、まあ観れちゃうし観ちゃうじゃないですか。そんな感じ。

 

このおはなしはもともと浄瑠璃として書かれたものらしい。
浄瑠璃っていうのは、三味線をバックに歌うように語る話芸で、人形とセットで演じられるパターンもある。
落語でいうと「寝床」というネタで旦那さんがみんなに聞かせたがるヘタクソなあれですね。


浄瑠璃の歌舞伎化、言ってみればアニメの実写ドラマ化みたいなもんでしょうか。

なので、歌舞伎になっても浄瑠璃を語る人と三味線を弾く人が舞台上にいて、語りを中心に話が進んでいく。
正直、現代人の耳では浄瑠璃スタイルの語りでストーリーを聞き取ることは難しい。ちょうどフロウがスキルフルすぎるラッパーの歌詞が初見では聞き取れないのと同じ。家で予習してくるか、音声ガイドを借りるのがオススメです。

 

親に背いて素性の知れない馬の骨と駆け落ちした袖萩(そではぎ)という女性、2人の子供を授かるが夫と息子は行方不明に。
袖萩を勘当した父親は警察みたいな仕事をしていて、皇族誘拐事件を解決できなかった落とし前として切腹を言いつけられてしまう。父の命がヤバいと知って、勘当されてるけど娘をつれて会いに来た袖萩。娘と孫にひと目会いたいけど仕事柄それは許されない父と母。

ってな感じのストーリーなので、200年以上前に書かれたものだけど現代人でもふつうに感情移入が可能。音声ガイドのおかげで万全に理解した上で入り込めた。

 

人間としての情と与えられた役割が相反して、引き裂かれるっていうパターンは昔も今もみんな大好きよね。高倉健の任侠ものとかもだいたいそうで、つまり義理と人情のおはなし。

 

素襖落(すおうおとし)

30分の幕間だったので歌舞伎座のすぐ隣りにある富士そばでそばをたぐってすぐ戻る。


次は、「素襖落(すおうおとし)」っていう狂言を歌舞伎にしたもの。

要するにコントのドラマ化。

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「このあたりのものでござる」っていうお決まりのフレーズで始まったり、役名が太郎冠者とか次郎冠者だったりと、このあたりは狂言スタイル。
主人のお使いで行った先で話が盛り上がってしまい、お酒を飲んだり踊ったりと大盛り上がりするっていうおはなし。
帰りが遅すぎるので様子を見に来た主人をまじえて大騒ぎ〜っていう感じで幕が下りるのも狂言的な感じがした。

 

セリフとか表情とか間とか、普通に現代人の笑いのツボが押されるようにできてるので、古典とはいえ落語ぐらいの距離の近さ。

 

河内山(こうちやま)

いよいよ昼の部最後の幕。それなりの大ネタが用意されているんだろうと期待。

 

「河内山」っていう、悪徳茶坊主が主人公のおはなし。

演じるのは松本白鸚つまりもと松本幸四郎つまり「王様のレストラン」。

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悪い殿様の誘いを拒否したために幽閉されてしまった娘を、偉いお坊さんになりすまして救出しにいくという役。
途中で、「お前お坊さんじゃないだろ!」ってバレてしまうんだけど、開き直って啖呵を切り、ゆうゆうと表玄関から帰っていく。ピカレスクのかっこよさを堪能できる幕でした。

 

朝からずっと集中して観続けたので最後にはかなり疲れてしまった。わりと動きの少ないシーンだったので正直途中でちょっと意識がとんだ。

寄席で二ツ目の滑稽噺や手品の後に大師匠がしっかり人情噺をやるみたいな感じだろう。

 

4階席だから花道の様子があまり見えなかったんだけど、あれ1万9千円払えばすぐそばで観れるんだよね。4階席では味わえないすごさがありそう。

いつかはちょっと奮発してみてもいいかもしれない。

 

まとめ

ずっと落語が好きで。

落語に出てくる江戸や明治の町人ってみんな歌舞伎が大好きで、仕事をサボって歌舞伎見物したりしてるでしょ。落語のネタ自体も歌舞伎のパロディがたくさんあるし、そもそも落語家が襲名とか言ってるのも歌舞伎のまねごとから始まったと言われてる。

それぐらい歌舞伎にとって落語ってのはできの悪い親戚みたいなもの。

いつかは元ネタに直接あたりたいと思い続けて30年あまり。

 

テレビでもたまにEテレで歌舞伎やってるので、何度かウォッチしたんだけど、予備知識なしでしかも画面ごしに見るだけだといまいちハマれなかった。

それが、思い切って劇場に飛び込んでみて、退屈だろうがチャンネルをぱぱっと変えるわけにはいかない場で強制的に何幕か観てみるってことに挑んだところ、思いの外ちゃんと楽しめたんだった。

国会傍聴もそうだったけど、やはりその場にわざわざ行くっていうのが大事なんだな。

あと音声ガイドのおかげっていうのもある。必須。

 

今の自分って、落語でいえば「長屋の花見」「文七元結」「らくだ」みたいな感じで、有名ネタをバラエティ豊かに3つぐらい知っただけの状態だと思われる。

つまり、しばらくはいろんな演者のいろんなネタを吸収するのが楽しい時期のはずなので、積極的に摂取していきたい。

 

200年以上にわたって日本の娯楽の王様だったのは伊達じゃない、キャッチーかつ奥が深いエンタテインメントだということがわかった。しかもたった1000円〜で。