今日は本職である会社員の側で得た知見を音楽ブログのほうに持ち込むこころみです。
ちゃんと途中で話がつながってくるので、とりあえず読みすすめてもらいたい。
リテンション・マーケティングとは
マーケティングの世界でここ数年流行ってる「リテンション・マーケティング」という概念。
ざっくりいうと、新しいお客さんを相手に商売をするよりも、既存のお客さんとの商売を深めたほうがいいよっていう話。
たとえば携帯電話のキャリアは、他社から乗り換えてくる新規のお客さんに手厚くサービスしてくれる一方で、既存のお客さんには特になにもしないっていうのがこれまで当たり前だったんだけど、それだと愛想を尽かして出ていく既存よりも多く新規を獲得し続けないと実はビジネスモデルが成立しない。
今までのやり方が、穴の空いたバケツにとにかく大量の水を注ぎ続けるやり方だったとしたら、そうではなく、まずは穴をふさぐ努力をしたほうが、結果的にバケツに残る水の量(=お客さんの総数)は多くなるっていうね。
バケツに水を注ぐっていうのは、数億円かけてCMをうって、とか、はじめてのお客様限定キャンペーンで100万円が100人に!とか、そういうやつ。
そうやってガンガンやったら10万人ぐらいが新規会員登録してくれたとする。
でも、次の月には10万人のうち9万人がいなくなっていたとしたら、1億円かけて1万人しか定着させられなかったということになる。つまり1億÷1万人で1人獲得するために1万円もかかってしまったと。
そういう雑なやり方じゃなく、1ヶ月で9割がいなくなる原因を調べて、そこを改善することをまずやりなさいと。たとえば登録だけしてログインやサービス利用をしないユーザーに対して、割引クーポンを配ったり、使い方をレクチャーしたり。そうすることで1万人しか残らなかったのが2万人になったら、1人獲得するために必要なコストが半額になるわけです。
このリテンション・マーケティングっていう考え方が流行ってきたのは、最近いろんなサービスがサブスクリプション化してきたことが大きい。
自宅で映画を観るために、かつてはTSUTAYAでDVDを1枚300円で借りていたのが、Netflixに毎月950円払っておけば何本でも見放題っていう時代になったじゃないですか。最近ではラーメン屋やコーヒー店でも月額いくらか払えば飲み食いし放題になるっていう業態も出てきているっていうし。
こういうサブスクなサービスにおいては、企業としてはいかに長く継続してもらうかが勝負になってくる。商売のやり方がこれまでとは変わってきますよね、ってこと。
音楽業界でも
音楽業界においても、AppleMusicやSpotifyが上陸して数年のうちに、サブスクがすっかり中心になってしまった。
2018年の時点ですでにダウンロードよりもサブスクなどのストリーミングのほうが売上がデカくなっているらしい。
リスナーからしたら、お小遣いを貯めに貯めてやっとの思いで3,000円のアルバムを1枚だけ買っていた時代と比べると、一生かかっても聴き尽くせないカタログの中からほとんどタダみたいな値段でいくらでも聴けてしまう現代はもう天国かそれ以上って感じではある。
(あとは願わくば、音楽のつくり手の側に、これまで以上かせめて同等の収入が入るような構造になっていてほしいよねとは思ってる)
物理的に所有していたいという一部リスナーの思いはアナログレコードの復権というかたちで実現してるし、サブスク化の流れはもう止められないでしょう。
そうなると、商売としてはやっぱり、リテンションを意識したやり方になっていくのは必然かなと思う。
かつてのレコード会社の商売のやり方
レコードやCDといった音楽ソフトを売るという商売においては、かつては購入してもらうまでが勝負だった。
かっこいい広告、雑誌のインタビュー、プロモーション文脈でのライブ、これらはすべて、たった一点のゴールにむけた活動だった。
そのゴールというのは、レコードなりCDを購入してもらうこと。
レコード会社にとっては、お金が落ちるのはその瞬間。
それが最初で最後で最大の瞬間だった。
極端な話、たとえ次のリリースのときにファンが入れ替わっていても問題ない。
というか、ポピュラー音楽ってそもそも10代の若者のものだし、新曲が出る頃には「卒業」してるでしょぐらいの感じで商売をやっていた気配すらある。
そして、芸能界において流行歌手でいられる賞味期限もめっちゃ短かった。
一部の大スターを除き、歌手本人のパーソナリティが明らかになることもなかった。歌番組に出演した際に黒柳徹子に多少つっこまれるぐらいしか機会がなかった。
そう、その時代においてリスナーは単発の「歌」を消費してたんだと思う。
消費のサイクルに取り込まれたくない人たちは、テレビに出ないという選択をすることで、自分たちで時間軸をコントロールしようとしていたんだと思う。山下達郎とかそういう人たち。
サブスク時代の商売のやり方
一方、サブスク時代になると、レコード会社やアーティストにとって、収入は常に発生し続けていることになった。どこかのリスナーがAppleMusicやSpotifyで曲を再生するごとに、ごくわずかな金額が発生する。
一回の額はわずかでも、とにかく回数が多いし、また世界中からかき集めたらそれなりの規模になる。そういう商売に変わったのです。
となると、商売において意識するところは必然的にだいぶ変わってくる。
楽曲を手に入れるコストは限りなくゼロに近づいてるわけで、かつてはゴールだった楽曲の購入っていう瞬間が、いまはスタート地点でしかない。
あとは何回その曲を再生してもらえるか、アーティストとしてフォローしてもらって過去作や次回作まで聴いてもらえるか、それによって儲けが全然違ってくる。
平成元年、ラジオで聴いた曲が気に入った高校生はレコード屋でシングルCDを購入したとする。その曲にハマりまくろうがすぐに飽きようが、レコード会社にとっては1,000円の売上という点で同じ。
だけど、令和元年の高校生はラジオで聴いた曲をLINE MUSICで検索してお気に入りに入れたとする。この時点ではレコード会社には1銭も入ってない。その曲を折に触れて再生してくれてはじめて、累計で数十円なり数百円の売上が発生する。逆に結局1回しか聴かなかったわ、ってなったら売上は0.2円。
この差はデカいよね。
レコード会社の会議とかで使われる数字として、「ユーザー1人あたりの再生回数」っていう概念がもうそろそろ言われ始めるような気がする。
いや、もう言われてるかもしれない。
その数字を上げるためにどんなことができるのか。
キーワードは「フック」と「スルメ」
リテンション・マーケティングとしての音楽においては、楽曲の内容もとても重要。いや、そりゃもちろんいつの時代もいい曲は売れるんだけど、あるタイプの「いい曲」が成功(=メイクマネー)しやすくなると思う。
繰り返しになりますが、買い切りモデルの場合、売ったあとのことは基本的にお客の側の問題で1回しか聴かなかろうが1万回聴こうがアーティストの収入は同じだけど、サブスクにおいては再生1回と1万回では収入が1万倍違ってくる。売ったあとこそがキモ。
どういうことかというと、Youtubeで1回再生したときがピークっていうような曲しかつくれないアーティストは淘汰されていく。
いわゆるスルメ曲のほうが金になる。
ただしその一方で、1回の再生でよくわかんねーなって思われたらそれはそれでダメだろう。
昔の聴き手は1回聴いてピンとこなかったとしても、すでに1,000円ぐらいのまとまった金を払っている手前、もとを取るために何度か繰り返して聴いてくれた。
今はそれが通用しない。30秒ぐらい再生してピンとこなかった曲には、もう二度とチャンスは巡ってこない。なにせ一生かかっても聴き尽くせないカタログがサブスク上にあるわけで、代わりはいくらでもいる。
つまり、最初からある程度ピンとくるようなフックと、何度も聴きたくなるようなスルメ感の両方を兼ね備えた楽曲が生き延びる。
オリコンでは目立ってないサブスク独自の売れた曲、あいみょんとかは、それができていたってことでありましょう。
歌ではなく人をフォローしていく時代
流行歌っていう言葉があった時代が歌を消費していたんだとしたら、今は人をフォローしていく時代。
リリースされた楽曲を手にするところから始まる、アーティストとリスナーの関係性は、SNSでのアーティスト本人からの発信、フェスなどで生ライブに触れる、TikTokなどでの2次創作、といったかたちで強化されていく。
リスナーが楽曲を手に入れるコストはほとんどゼロなんだけど、そこからサブスクでの再生数、ライブ、グッズ、などなど細く長くお金を落としてもらうビジネスモデルになっていくしかない。
どれだけ途中で脱落させずに1人でも多くリテンションさせるかが勝負なので、アーティスト側にはマメであることが求められる。そういうの向き不向きあるだろうけど、まあ今はそういう時代。
一方、逆に一発大ヒットを狙う必要はないと言うこともできるんじゃないか。
最初の方で言ったように、新規開拓よりもリテンションのほうが低コストなわけで。
リテンションが成功して忠誠心が高まったファンは昔よりも卒業しなくなってる。
昔と比べてアイドルやバンドの寿命が長くなったとよく言われますが、これ、いろんな要因があるとは思うけどビジネスモデルの転換によるところがかなり大きいのではないだろうか。ファンが卒業しないので長く商売ができるようになったんじゃないかと。
これからの時代に成功するアーティスト
大ヒットよりもマメに活動してファンの心を掴み続ける。
一度つかまえたファンはできるだけ卒業させないように何十年でも引き止める(リテンション)。
これが、リテンション・マーケティングの時代のアーティストに必要な素養。
そう考えると、リテンションモデルの偉大な先駆者の存在に気づく。
そう、ジ・アルフィーである。
彼らはレコードの時代からずっと、地道にリテンション・マーケティングをやり続けてきた。全国津々浦々を丁寧にツアーで巡り、ファンとの絆を大事にして物販にも力を入れ。
国民的ヒット曲はもう何十年も出していないけど、アル中(アルフィー中毒の略)と呼ばれるファンはみな忠誠心が高く、40年ぐらいずっと脱落せずにリテンションし続けている。
今こそこのやり方を日本中が見習うときがきているのではないだろうか。
リテンションモデルは買い切りモデルと比べ、より顧客中心になるとされている。
ここで音楽はどこまでビジネスか、アーティストはどこまで商人か、という命題にぶち当たる。
リスナー側に降りていって、ほしいものを与えるだけで本当にいいのか。誰にも媚びずに創作意欲のおもむくままに作品をつくって、結果としてリスナーが熱狂するっていうあり方が本来ではないのか。アーティストはその名の通り芸術家なんだ、商人じゃないんだ、とか。
ものをつくってる人間なら一度はこういうことを考え込んだことがあるでしょう。
そしてほとんどの創作者にとっては、どちらの極にも振り切ることが難しく、どうにか折り合いをつけながらやっているのではないか。
その点アルフィーは明快。
徹底した顧客中心主義を貫いてきたことで先駆者になれたんだと思う。