同世代の友達に会うと、ついつい90年代の話に花が咲きすぎてしまう。
カセット→CD→MDだとか、ファミコン→スーファミ→プレステだとか、ポケベル→ガラケー→インターネットだとか、激動の時代をリアルタイムで過ごしてきた実感を昨日のことのように話しているだけで数時間があっという間。
でも今はまだこうやってノスタルジーに淫していることが後ろめたいような気持ちがあるけど、自分が80歳ぐらいになったらどうなるんだろう。
ノスタルジーというものが、自分にとってもっと切実な、この世界や他者と自分を繋ぐ数少ない手がかりになっていくんだろうか。
そんなことを考えていると、こんなリリースを見かけた。
博報堂傘下で広告事業を手掛けるTBWA HAKUHODO(東京都港区)は3月5日、AIが過去のニュースやヒット曲をラジオ番組風に紹介するデバイス「RADIO TIME MACHINE」(ラジオタイムマシーン)を開発したと発表した。介護サービスなどを展開するニチイ学館(東京都千代田区)と協力し、介護施設への導入も検証する。
筐体は、1950年代から60年代のラジオ機器をモチーフにデザインした。備え付けのダイヤルで50年から2025年までの西暦を入力すると、その年の操作日同日のラジオ番組を模した音声が流れる。
博報堂DYグループのサイトにはもう少し詳しい仕組みや狙いなどが説明されていて、それによると、ニュース部分はWikipediaをAIに読ませてニュース原稿ふうのテキストを生成させ、AI音声で読ませてるらしい。楽曲は権利者の許諾がとれたものを流すとか。
そうやって過去のニュースや懐かしい音楽を通じて当時の思い出を振り返ることで、認知症の予防につなげたいとのこと。
で、実際に介護施設の利用者に実際にこのラジオを聴かせてみて実証実験を行ったところ、笑顔が増えたり活発になったり発話が増えたりしたんだと。
なるほど。
狙いはめっちゃわかる。
同世代の友達の発言に触発されて、30年前に見に行ったライブのことや40年前にやっていたゲームのことを突如思い出して、そこから連鎖的に、一緒にいた友達の顔や会話の内容まで蘇ってきたりすること、ありますね。
この、いわゆる「記憶の扉が開く」っていう状態は、年をとっていろいろ錆びてきちゃった人にはより効果を発揮しそう。
余計な要素を削ぎ落として直感的に操作できる昭和のラジオのようなデザインもいいと思う。
高齢者に馴染みのあるラジオのような見た目で、中身は最新のAI技術が活かされているっていうあり方は、ガジェットとしておもしろい。

でも、ぬぐいきれないこの違和感はなんだろう。
AI技術を活用したラジオ型ガジェットで介護施設にいる高齢者の認知症予防をするっていう、立派なプロジェクトのはずだけど。
ちょっとその正体を考えてみたい。
まず押さえておきたいのが、この「RADIO TIME MACHINE」(ラジオタイムマシーン)は典型的なプロダクトアウトな発想だということ。
プロダクトアウト(ぷろだくとあうと):情報システム用語事典 - ITmedia エンタープライズ
つまり、AIを使って何か新しいことをやろうって発想ありきで、この技術で解決できる社会的な課題って何かあるかな?と探しにいったっていう順番になっている。
たとえば、音楽をデータ化して何千曲も持ち歩きたいっていう需要があるなんて誰も気づいていなかった時代にiPodをリリースすることだったり、馬車で移動していた時代に自動車を開発するようなこと。
そう考えるととてもよいことのように見えるんだけど、プロダクトアウトの落とし穴っていうのもあって、手段ありきで目的を強引に後づけすることがどうしても起こるし、その目的を果たすためにもっと良い他の手段があることを見落としがち。
今回でいうと、利用者の認知症予防をしたいというニーズがあり、そのために記憶の扉を開くのが有効なのもわかってるんだけど、現場の介護スタッフだとうまく扉を開くことができていないっていう課題があると。
介護業界にそういう課題があるのは確かだとして、しかしその解決にはAIが必須なわけではないよねっていうこと。
そう考えると、これって本来ならAI業界じゃなくて、AM/FMラジオ局のほうで仕掛けるべきプロダクトだったんじゃないか。
「RADIO TIME MACHINE」(ラジオタイムマシーン)の強みのうち、1950年から2025年まで1年刻みにチャンネルを選べて、それぞれの年のチャンネルで毎日コンテンツが自動生成されるっていう、この圧倒的な物量は、そりゃあ人力では無理でしょう。
75年分の75チャンネルで毎日番組を制作するのは既存のラジオのやり方だとコストがかかりすぎる。
Wikipediaを元にニュース原稿を自動生成するっていうのは、これはAIの使い方として正解でしょう。
でも、そもそも75チャンネルを毎日更新する必要ってあるだろうか。
このあたりにAIありきのプロダクトアウトの落とし穴を感じる。
実際に高齢者に聴いてもらって実証実験をして効果がありましたっていうけど、まあ言ってみれば、お願いだから聴いてくださいって頼まれたから聴いてみたっていう話で。
これ、実験のフェーズが終わって高齢者にとってこのラジオを聴くことが任意になったら、テレビとか既存のラジオとかと競合することになるわけで、そうなるとたぶん選ばれないと思う。
ベタな結論かもしれないけど、やっぱりそこに人間がいるかどうかじゃないですかね。
「パーソナリティ」っていうぐらいですし。
いくら読まれる原稿が毎日変わるといっても、じゃあ明日も聴こうって思ってもらえるとは限らない。
そこにパーソナリティがいて、リスナーと一緒に日々を重ねているっていう確かな実感こそが愛着を生むし、餅は餅屋じゃないけど、AM/FMラジオ局はパーソナリティとリスナーの関係性によって明日も聴こうって思わせる手管のプロフェッショナルなわけで。
たとえばこの件で参考になるのは、FM COCOLOっていう関西のFM局。
ここは、40代以上の「大人」をターゲットにしたFM局というコンセプトで、80〜90年代に活躍したDJを起用して選曲もその時代に完全に寄せている。
これのもっと高齢世代に振り切ったものとして、たとえば井上順とか森山良子あたりの人を起用して、朝5時から夜9時ぐらいまで昭和の思い出トークに特化した番組を流すラジオ局があればいいんじゃないか。
Wikipediaを元にAIに自動生成させたニュース原稿を読むのはいいでしょう。
で、その上で、「いやぁ懐かしいですね、わたしこの時何歳だったんですけど…」とか「みなさんはどうでしたか?」といったトークがあったら、リスナーの記憶の扉がさらに開きまくるんじゃないか。
そもそも、この「RADIO TIME MACHINE」を介護施設の利用者に聴かせて反応を見ましたっていう実証実験は、典型的な結論ありきのズルい実験なんだよね。
どこがズルいかというと、「RADIO TIME MACHINE」を聴かせた人たちと、何も聴かなかった人たちを比べて、聴かせた人のほうが会話が増えましたってやってるところ。
こんなの、丸一日何も食べさせなかった人と、パンの耳を食べさせた人を比べて、パンの耳はすごいんです!って言ってるようなもんでしょ。
ちゃんとした実験をやるなら、AIが作った番組を聴かせた10人と、井上順の番組を聴かせた10人と、何も聴かなかった10人で比較しないと。
まあ、そうなると井上順が圧勝するだろうけど、番組制作コストの面ではAIが優位なので、両方の良さを活かした落としどころを探していくっていうのが王道なんじゃないでしょうか。
人間の仕事がどんどんAIに置き換えられようとしている昨今ですが、順番ってものがあるだろうと思うわけです。
たとえば、プログラミング言語やデータベース言語を使わなくても、アプリを作ったりデータを抽出したりできるようになるっていう面では、AIは本当にすごい。
でもどんなアプリを作るかだったり、抽出データをどう活用するかだったりは、まだまだ人間の仕事だなという印象。
ラジオのパーソナリティなんてものは、AI化の順番でいうと最後の最後、大トリでしょって思いますがいかがでしょうか。
