自分にとっては、アイドルを推すということを理屈ではなく理解させてくれた存在。
でんぱ組とねむさんがいなければ、アイドルカルチャーを外からながめてわかったつもりになっていただけであろう。
いつも応援してくださる皆様へ pic.twitter.com/rteyp7za4G
— 夢眠ねむ (@yumeminemu) 2018年10月13日
出会いからハマるまで
思い起こせば2011年、吉田豪さん監修のアイドルコンピに収録されていた「Kiss+kissでおわらない」を聴いたのが出会い。
そして翌2012年の2月に開催された「やついフェス」ではじめて生のライブを拝見したのだった。
それ以来、でんぱ組の動きを気にするようになっていたんだけど、その年に小沢健二の「強い気持ち強い愛」やビースティ・ボーイズの「Savotage」をヒャダインのプロデュースでカバーするなど、完全に自分のような人間を狙い撃ちにしてきてる感があり、実際やられたのだった。
ただこの時点ではまだ、おもしろいことをやってるアイドルグループだなと感じているレベル。夢中になってるとかではない。
本格的にやられたのは、2013年1月のZEPP TOKYOでのワンマンから。
新曲「W.W.D」を中心にメンバーのバックボーンが赤裸々に語られる演出にびっくりしたのと、なんといってもでんぱオタクの人たちのノリも含めたあの空間の雰囲気にやられたんだと思う。
それ以来、地方も含めていろんな現場に行ったし、テレビなどメディアへの露出も欠かさずチェックするようになったよね。
この頃は日比谷野音で灰野敬二と共演するとか渋谷WWWでかせきさいだぁと共演するとか、プロデューサーもふくちゃんの色が濃く、そういうところもたまらなかった。
そういった80〜90年代のサブカルと、00年代以降のメイドやエロゲやアニメなどの秋葉原カルチャー(最近ではこっちを「サブカル」って呼ぶのが一般的らしいけど)を力技で結びつけてる感じがたまらなくかっこよかった。
楽曲派
アイドルということでいうとそれ以前にも「ポリリズム」が出たぐらいのPerfumeとか「Z伝説」が出たぐらいのももクロのライブにはよく足を運んではいたんだけど、あくまで「楽曲派」というスタンスだった。
楽曲派というのは「おれはあくまで曲がいいからこのアイドルを追っているだけであって別にかわいいからとかそういうんじゃないからガチ恋のキモいオタクとは違うのだからそこ大事だから」っていう態度のファンのこと。
つまり、あくまでちょっと引いたところからながめてた。ももクロなんて当時は割と簡単に握手とかできてたんだけど、別にそういうのじゃないしなって思ってスルーしてたほど。今となってはもったいない話だけど。
実際、perfumeは中田ヤスタカの曲やアレンジがよかったわけだし、ももクロにしてもヒャダインやNARASAKIの曲がおもしろいと思ったわけだし。他のアイドルグループ、たとえばAKB周辺などには、まったく興味がなかった。今もない。
それはやはり曲がピンとこないからだ。
で、でんぱに関しても、最初は曲からだった。
かせきさいだぁと木暮晋也という、HALCALIの「フワフワブランニュー」って名曲を生んだ名コンビとか、ももクロの一連のブレイクのきっかけになったヒャダインとか、そういう人たちが楽曲を提供しているっていう。
あと大きかったのが、歌パートの割り当てとかボーカルのディレクション。
大人数のグループって、まずメンバーを覚えるのが大変だったり、音源を聴いて誰が歌ってるか声で聞き分けるのがまた大変だったり、初心者にはまずそこが壁になりがち。
AKBグループにいまいちハマらなかったのは、誰が歌ってるのか全然わからないってのが要素として大きい。いろんな編成で歌うから仕方がないのかもしれないけど。
その点でんぱ組の楽曲は、メンバー個々の声質が全然違って聞こえるようにディレクションされており、またサビ以外は基本的に誰か1人が歌うように割り当てられているので、メンバーの顔と声とキャラが一致しやすかった。
そういう声しか出せないっていう素材の人もいれば、ねむさんのようにいろんな声を出せる器用な人がいて、それぞれ味つけを濃くして歌ってる。
そんなこんなででんぱ組は、楽曲派としても十分楽しめていた。
夢眠ねむさん
しかし、でんぱ組の動きをチェックしてるうちに次第に夢眠ねむという人が気になってきて。
単純に背が高い女性にドキっとするというルックスの好みはまずあるとして、あとやはり筋を通すかっこよさ。
この方はもともと美大出身でアートとしてメイドとかアイドルというのを扱いたいってところからこの道に入ったそうで、なので他のメンバーや他のアイドルとは違ってプロデューサーと目線が近く、他のアイドルたちが10代のまだ右も左もわからない頃からデビューしてるのと比べて、ほぼ10歳近く大人なんです。
右も左も分かった上でアイドルをやっている。
いかにもアキバ的な舌足らずなアニメ声を自在に操る器用さもあり、アイドルのお約束を大人がやってる的なとこがあった。アイドルのあり方として正統派ではなかったかもしれないけど、そういうところがすごくおもしろかった。
あと、当たり前だけどアイドルの人たちって好きな音楽とかの話はぜんぜん自分とは合わなさそうじゃないですか。興味関心の範囲が違いすぎる。
まあ、そんなこと普通は気にしないけど、でもまあ、人種が違うなーってのはちょっとさみしくはある。
その点、ねむさんはバリバリこっち側の人って感じ。僭越ながら。
実際、ブレイクする前は気軽にいろんなミュージシャンとかDJに絡んでおり、その中にはわたくしの友人や知人も含まれており、出会い方が違っていれば普通に友達だったかもって、幻想かもだけど思える。
こっち側の話がわかる女子が、違う畑で活躍してる的な感覚を持ってた。
でもさ、美大生の卒業制作でアイドルやってみましたって話を聞くと、なんか半笑いで「萌え〜なんちゃって!」みたいな態度をイメージしがちだけど、ねむさんはそういうのではなく、何より、メイドとかアイドルのカルチャーに真剣に敬意を抱いていた。
決して上から目線とかではなく、なんなら下から目線でアキバに入ってきたぐらいのことらしい。
このあたり、「ヤンクロック」を標榜してた氣志團にとってのヤンキーカルチャーの関係性にも近いのかもしれない。
メタな視点だけどリスペクトがある的な。
そして、夢眠ねむというアイドルを自己プロデュースするようなスタンスは、ほとんど矢沢永吉のそれである。
「オレはいいけどヤザワはなんて言うかな」のやつである。
矢沢永吉という人格を演じきる態度。
夢眠ねむは、そういう、メタとマジとネタとベタとが境目なく溶け合った存在に見えてた。
外れていく色眼鏡
ねむさんのそういうあり方を通じて界隈を見ていくと、アイドルの現場で弾けまくっちゃってる人も、一部のほんとにヤバい人を除けば、みんな普段は定職についてる穏やかな紳士だったりして、なんならファッション業界や音楽業界のおしゃれな人も多かったりして、そういう人たちがアイドルという遊び場で意識的にネジを外してるんだなということがわかってきた。
そしていつしか、自分もその中の一人として、チェキを撮ったり握手したりの接触も含めてアイドルを楽しむようになっていた。
「推す」という気持ちが心からわかったのであった。
夢眠ねむさんとでんぱ組.incに出会わなければ、一生この気持ちを持つことはなかったに違いない。
だいたい大人ってのは、一定の条件下でバカになりたいと思ってるもの。
たとえば野球のことまったく知らない人がいきなり甲子園の阪神戦に行ってみたらどう感じるか。いい大人が選手を呼び捨てにしてヤジってたり変な応援歌を大合唱してたり、冷静に考えたらだいぶおかしいわけで。
長い年月でできあがってきた応援の型とかカルチャーのフォーマットに乗っかって、万単位の大の大人が平日から羽目を外しまくってるわけでしょう。
球場でバット型のメガホンでリズムを取って応援するのも、アイドル現場でサイリウムを振って応援するのも、縁がない人から見たら同じぐらい奇妙で同じぐらい楽しそうなはず。
もうあとは世間に認知されてるかどうかだけよね。
また、でんぱ組の楽曲の特徴である「電波ソング」についても。
電波ソングっていうのは、打ち込みのビートやハイテンションなシンセが高速のBPMで繰り出されて歌も過剰に情報量が多い楽曲のこと。どうかしちゃってる=電波系っていう。
そういう音楽ジャンルが存在するってことは知っていたけど、自分が好きな音楽と距離がありすぎてツボというか聴きどころのとっかかりを見つけることすら困難だった。
だいたいグルーヴってものが皆無で正直苦手だった。
だけど、アイドルのライブ現場に行ってみると、そういう曲が爆発的な威力を発揮するってことが理解できた。
この曲とか、当時はライブハウスでモッシュが発生したりしてて、メタルとかデジタルハードコアのような、自分の大好物のジャンルと近いものなんだっていうことが体感できたのだった。
どうかしちゃってるぐらいのテンションが、現場で頭のネジを外すのにはちょうどいい塩梅なんだなーって。
たとえばAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」っていう曲、お茶の間にはとっても愛された曲だけど、現場のオタクには人気がないという。その温度差。
というような感覚が、理屈じゃなくて体感できたのは、自分の音楽リスナーとしての歴史としてもとても大きい。
できるだけいろんな音楽を理解して好きになりたいと思って生きているので。
いろんな色眼鏡を外してくれた夢眠ねむさんともふくちゃんとでんぱ組.incに心から感謝したい。
2019年1月7日
2019年1月7日の日本武道館における卒業公演は、ねむさんがやりたい曲をやるというセットリストだったんだけど、それが自分の好きな曲とことごとく合致しており、さすが推しと思ったもんだった(欲を言えば「強い気持ち強い愛」をやってほしかった)。
自分がもっとも現場に通っていた2013年〜2015年によくやっていた曲なんかは、地方のライブハウスまで遠征した思い出も蘇ってきたりしてたまらなかったし、かせきさいだぁ&木暮晋也による「くちづけキボンヌ」で完全にもう感極まった。
この日のライブはとにかくねむさんの卒業をみんなで祝おうっていう思いが会場全体を包んでいつつ、決して湿っぽくはならずに進んでいった。なんでそこでキレ気味なのかっていういつものねむさんのノリも健在。みりんちゃんをいじる感じも見納めかと思うとまた一段と味わい深いし。
そんな感じでアンコールの「WWDBEST」まであっという間。
我慢できずに泣いちゃってるオタクちらほら。自分も最後のほうは鳥肌立たせながらボーッとしちゃってた。
感無量といった感じで最後のあいさつをしてステージを降りた後、昨日と同じようにエンドロールが流れるかと思いきや、もう一度アンコールがありそうな気配。
え、でもあれだけ感動的なやり取りがあってこの先なにが?と思ってたら、ファンクラブのハッピを着たねむさんがひとりでステージに登場。
で「どうせみんな『これでねむきゅんを見届けた』とか、『ねむきゅんがいないでんぱ組なんて怖くて見れない』とか思ってるんでしょ!」と強い調子で決めつけてきたんだけど、いやまったくその通りのことを考えていたのでめっちゃびっくり。
正直、これで自分にとってでんぱ組のライブは最後かな、なんて思ってた。
おそらくあの場にいたねむ推しの多くも同じ気持ちだったであろう。
しかし、でんぱ組における夢眠ねむの存在はめちゃめちゃデカいので、そんなことを思うオタクがたくさんいたら今度の活動にめっちゃ響いてしまう。
夢眠ねむという人は、そういうところまで見えてしまうし、またそれをほっておけない。ボロボロになるまでがんばった挙げ句、自分を守るため避難するように卒業するアイドルもいるなかで、ねむさんの意識は最後までこっちに向いていた。
これからは自分もでんぱ組のファンとしてライブを見に行くから!と言うと、ねむさんを除く6人(つまり明日からの新体制)がステージに現れ、「Future Diver」を披露。
ねむさんの見せ場である落ちサビは、後継者指名された根本凪さんが立派に歌い上げ、これからもでんぱ組は更新されていくんだっていうことを、全世界に示したのだった。
アイドルとして美しく卒業するだけであれば、このダブルアンコールは蛇足かもしれない。
けど、他界しそうなねむ推しに釘を刺し、でんぱ組の新体制をみんなに見せるってところまでが自分の仕事だと考えていたのでしょう。
こういう、めっちゃ優しくてめっちゃ粋なところ。
最後の最後まで夢眠ねむだったし、この人を推していてよかったと心から思えました。
夢眠ねむさんお疲れ様でした。