神社=コンビニ説

f:id:guatarro:20171219000035j:plain

日本の神社はいくつかの系統に分かれている。
八幡神社、稲荷神社、熊野神社天満宮氷川神社春日神社…

 

それぞれ本社にあたる神社があって、そこから招かれた神様をまつって各地に小規模な神社ができている。
稲荷神社だと京都の伏見稲荷大社だし、春日神社だと奈良の春日大社だし。

そのへんにある神社のほとんどはそういう感じだと思う。

たまにそういった系列に属さない神社もある。

 

では、現在、どこかしらの系列になっている日本各地の神社は、最初からそうだったのか。

気になりますよね。

 

この疑問をもったきっかけは、杉並区にある大宮八幡宮で境内の案内を見たこと。
大宮八幡宮は川沿いのちょっとした丘の上にあって、なかなか雰囲気のあるたたずまいをしているんだけど、説明によると、神社の境内を発掘したら弥生時代の遺跡がでてきたらしい。

境内の北端につづく旧境内地から弥生時代の祭祀遺跡や族長の住居跡が発掘され、この地は太古からの聖域であったことが判明致しております。

大宮八幡宮の歴史・由緒 | 大宮八幡宮

 

おそらく弥生時代には、八幡神社は存在しないわけで。
でもその頃からこの場所は、何かの儀式をする場所だったらしい。

 

そこで、これって何かに似てるな!と思った。

 

 

そう、コンビニ。

 

 

つまり、その地で古くからやってる酒屋さんやタバコ屋さんが、ある時期からセブンイレブンやファミマになるっていうのと同じだなと。

それまでは酒を中心に、つまみとか弁当、雑誌ぐらいは売っていたかもしれないけど、ファミマになると全国共通の品揃えやサービスレベルになるという。

 

たぶん、大宮八幡宮も、その土地に根ざした神様がまつられていて、まつり方はその土地オリジナルだったはず。
鳥居とか、賽銭箱とか、そんなものもなかっただろうし、初詣なんて概念もなかった。その土地のタイミングで、収穫を祝ったり、天候を祈ったりしてたはず。
それがどこかのタイミングで、大手の参加に入って、いろんなことがフランチャイズ化されたんだろう。

(一方で、もともと何もなかったところにいきなりコンビニができるように、ただの道端とかただの森にいきなり八幡様やお稲荷さんを招いて神社にするパターンも当然めっちゃ多いはず)

 

そう考えると、神社ってコンビニそのものだなって。

 

コンビニは便利。
弁当も電池もコーヒーも買える。チケットの発券もできる。
神社も便利。
日本中どの神社でもおみくじを引けたり地鎮祭をお願いできたりする。

 

その便利さは便利さとしてを甘受しつつ、一方で便利じゃなかった頃の神社に思いを馳せたり、その頃の名残りを見つけてワクワクしたりしたい。

たまにある異様にお酒のラインナップが充実してるファミマとか、いまだに地元の人から屋号で呼ばれてるセブンイレブンを見つけてワクワクするように。

 

さらに思いを馳せてしまうのが、コンビニチェーンが全国の酒屋やタバコ屋を塗り替えていった80~90年代みたいな時期が、神社の世界にもあったんだろうなということ。

たとえば「鈴木さん」って姓のルーツは、熊野神社の神官だといわれている。

和歌山本社から全国に熊野神社フランチャイズを広げる営業マンみたいなもんだったのではないか。だから日本全国に鈴木さんが広く存在しているのではないか。

また鈴木姓が全国に広まった理由も、熊野神社と深い関係がある。それを裏付けるように、「熊野神社」が多く勧進されている東日本に「鈴木」姓が多い。鈴木を名乗る神官たちは全国に渡り、熊野信仰とともに各地に根付いた。

[特集] 発祥の地、和歌山

 

神社フランチャイズ拡大期はいつ頃だったか、そして広める側と受け入れる側それぞれにどんな思惑があったのか、鈴木一族の営業ノウハウはどんなもんだったのか、いろいろ考えるのが楽しい。

 

氷川神社チェーンが関東だけで勢力を誇っているように、北海道では有名なコンビニチェーン「セイコーマート」が存在するとか、そういう地域差があるところもコンビニと神社は似ている)