恵方巻きと日本書紀

ここ数年、節分ごとに出てくるこの話題。

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恵方巻っていつの間に広まったのか」「マーケティングによって作られた偽物じゃないのか」みたいな声をよく耳にするんだけど、個人的な体験でいうと、亡くなったおばあ様(大正生まれ)が「丸かぶりや」って言って昔から節分の日にやっていた。

大阪の色街が発祥とか言われても、あのおばあさんにそんな色っぽい文化との接点はなかったはずなので、ちょっと違和感がある。

 

ともあれ、比較的近い過去に日本のある一部の地域で生まれた風習ということは間違いないと思う。それからここ数年で全国に広まっていったと。

それまで恵方巻の風習がない地域の人からしたら、いつの間にか当たり前のような顔をしてスーパーやコンビニに太巻が並んでいるのを見るとやはり変な感じがするだろう。その気持ちはすごくよくわかる。

 

 

最近読んだ本の中でおもしろかったのがこれ。

神話で読みとく古代日本 ──古事記・日本書紀・風土記 (ちくま新書)

神話で読みとく古代日本 ──古事記・日本書紀・風土記 (ちくま新書)

 

みんなが何となく知っているいわゆる<日本の神話>というやつが、誰がどのような意図で作っていったのか、古事記日本書紀を読み解いて推理していくという試み。

古事記日本書紀には、通して読んでいくと明らかに前後が矛盾しているところや登場人物のキャラがいつの間にか変わってるところが散見されるらしく、それはいくつかの神話を都合よくつなぎ合わせていった名残りなのではないかという説が展開されている。

 

古事記日本書紀が書かれたのは奈良時代

そのときからいわゆる<神話の世界観>が日本全国に伝わっていって、今となっては日本中どこに行っても神社があって、アマテラスだとかオオクニヌシとかの神様がまつられている。青森の人も鹿児島の人も新潟の人も、我が国の神話といえば天の岩戸の話とか因幡の白兎の話を思い浮かべると思う。

当たり前すぎることを当たり前に言っているだけのように見えるだろうけど、古事記日本書紀が書かれる以前の日本では、地方ごとにぜんぜん違う神話や風習があったはずだ。奈良時代より前に、「この世界はどうやって誕生したんですか?」と奈良の人と鹿児島の人と青森の人に聞いたらまったく違う答えがかえってきたはず。

 

何がいいたいかというと、これから年月がたてば恵方巻もアマテラスみたいになるだろうなということ。

いま恵方巻に文句を言ってる人たちが寿命で死ぬ頃には、恵方巻はもう立派な日本人の風習になっているだろう。

奈良周辺の部族が信仰していたローカルな太陽の女神が、日本書紀に取り上げられたことで、いつしか日本全国の神様のトップの地位を得たように。

 

 

 

BABYMETAL『METAL RESISTANCE』(メタル・レジスタンス)収録曲の元ネタ一覧

METAL RESISTANCE -来日記念限定盤-

2016年4月にリリースされたBABYMETALの2ndアルバム『METAL RESISTANCE』(メタル・レジスタンス)は、文句なしの名盤です。

デビューしたばかりの頃はまだ今のような音楽性が固まりきっていなかったため、1stアルバムはアイドル色やEDM色が多少入っていてとっちらかった印象だったけど、それに比べてこの2ndは、世界観がかっちり決まった上で作られてて、アルバムとしての統一感がすばらしい。

だけどその一方、個々の収録曲には、いろんな元ネタが散りばめられていて、メタルやラウドミュージック全般におけるちょっとした百科事典みたいなアルバムなのです。

90年代にひととおりメタル周辺を聴いてきた人間としては、散りばめられた元ネタを拾っていく作業がとにかく楽しくて楽しくて。あの当時から20年越しにご褒美をいただいたようなアルバムになってる。

せっかくなので、これからみんなにおすそわけしていこうと思う。

 

「KARATE」

90年代、それまでのスラッシュメタルの流れの中から、グルーヴがあって重さをウリにした一派が出てきた。日本では「モダンヘヴィネス」なんていう名前で呼んでいたり。

代表的なバンドはPANTERA(パンテラ)。PANTERAは長髪革ジャン革パンの伝統的メタルスタイルがダサくなってきた時代の空気を敏感に察知し、スケーターファッションで登場した。ザクザク感のあるギターと、ペタペタ聞こえる特徴的なバスドラが当時は斬新だった。

最近だとMASTODONとかLamb of Godあたりがその流れをくんでいると思う。

「KARATE」の重さはまさにそのあたりが元ネタ。


Pantera - I'm Broken (Official Video)

 

「あわだまフィーバー」

この曲を作ったのは元THE MAD CAPSULE MARKETSマッド・カプセル・マーケッツ)の上田剛士

BiSなどへの楽曲提供でもおなじみの、ディストーションギターとデジタルのビートという組み合わせは、すっかりこの人のトレードマークになっている。

ただ、「あわだまフィーバー」のようなドラムンベースのビートとディストーションギターの組み合わせということになると、Atari Teenage Riotアタリ・ティーンエイジ・ライオット)の影響も濃厚に感じられる。

Atari Teenage Riotは自らの音楽性を「デジタルハードコア」と名づけており、ガチ左翼(というかアナーキスト?)でラディカルな発言とともに当時は世界的に注目されたものだった。97年の伝説のフジロックにも出演している。


Atari Teenage Riot - Digital Hardcore

 

「META!メタ太郎」

この曲はおそらくMANOWAR(マノウォー)あたりの汗臭い世界感が下敷きになってるっぽい。ドイツ~北欧方面の、メタルの中でももっともむさ苦しくてモテない界隈。

偽物メタルに死を!とか言って吹き上がってる人たち。

まあ良く言えば「勇壮」ってことか。それを10代の日本の女性が歌っているというギャップにクラクラする。

 

シンコペーション

この曲はメタルじゃなくて日本のヴィジュアル系LUNA SEAルナシー)の「ROSIER」がが元ネタになっている。
曲の始まり方もそうだし、サビの歌詞「揺れて揺れて」も完全に一致。さらにはサビのシンコペーションしまくるところも完全に「ROSIER」へのオマージュになっている。
シンコペーションとは…この場合わかりやすくいうと、リズムのアクセントを小節の頭ではなく前の小節の終わりにズラすやりかたのこと。


LUNA SEA - ROSIER

 

「Sis.Anger」

この曲のタイトルはMETALLICAメタリカ)のアルバム「St.Anger」からもってきてるわけだが、曲自体はCARCASS(カーカス)の3rdアルバム頃の音楽性が元ネタになってる。
セリフのサンプリングではじまるところとか、邪悪な音階のリフを高速ブラストビートでたたみかけるところとか、かなりそのまんま。
CARCASS(カーカス)は、デスメタルグラインドコアという言葉が生まれる前から活動している大御所。途中でメロディアスな方向に路線を変えてきたが、初期はひたすらこういう感じ。どの時代も最高なので、ぜひ聴いてください。


Carcass - Symposium of sickness

 

「No Rain, No Rainbow」

これはもう完全にXの「ENDLESS RAIN」でしかない。タイトルからサウンドの作りから何もかもがオマージュに満ち満ちているんだけど、ギターソロの終わり方。ドラムに至ってはリズムパターンが完コピといってもいいレベル。


X JAPAN - Endless Rain

 

「Tales of The Destinies」

複雑な展開がたまらないこの曲は、まんまDREAM THEATER(ドリーム・シアター)。特にこの曲。

一曲の中でどんどん展開が変わったり変拍子を多用したりで、テクニック志向のキッズを熱狂させたDREAM THEATERプログレ・メタルなんて言われてた。


Dream Theater - Take the Time



 

こうやって見ていくと、BABYMETALの作り手たちは完全に同世代(1976年前後生まれ)ってことがわかる。というのも、メタルの黄金時代って言われているのは実は80年代だったりするので、あえて90年代に絞って元ネタにしてるのはそこがど真ん中だからなんじゃないかと。そして90年代のメタルがいかに多様でおもしろいことになっていたか、ってことも非常によくわかる。

 

逆に言うと、ここで取り上げなかった「Road Of Ressistance」や「Amore -蒼星-」あたりの、メロディック・スピード・メタルとJ-POPの融合とでもいうべき路線は、元ネタありきっていう感じじゃない。つまりここらへんが今後のBABYMETALの本流の路線になっていくんだろうなという気がする。

 

 

 

「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」のよかったところと、どうしても気になったところ

正月に「ローグ・ワン」を観てきました。

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小学2年生の甥っ子も連れていってあげたんだけど、さすがにスターウォーズシリーズがまったくの初見という状態で「ローグ・ワン」から入るというのもどうかと思い、エピソード3と4を急いでレンタルしてきた。

ぜんぶで9つある話のうち、これから観る映画は3と4の間なんだよと説明したんだけど、どこまで伝わっているかは怪しい。

しかも時間がなくて結局エピソード3しか観せられなかった!

 
彼と同じ年頃に4→5→6をテレビで観てきて、大学生のときにエピソード1が公開されたという自分の体験からすると、ちょっと変則的でかわいそうな入り方になってしまったけど、まあ仕方がない。と思おう。

 

しかし、甥っ子のためだけじゃなく自分のためにも、エピソード4の冒頭ぐらいはやはり観返しておいたほうがよかったな。


自分はそんなにマニアというわけではないので、4の冒頭がどんな状態だったかの記憶がわりとあやしいなと、「ローグ・ワン」を観始めてすぐに後悔しはじめた。これから「ローグ・ワン」を観る人には4の冒頭だけでも復習しておくことをオススメしておく。

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今回の「ローグ・ワン」の主役たちはいわゆるジェダイの騎士やスカイウォーカー家の人間ではない。

基本的に、泥くさい戦い方しかできないおっさんたちの映画。

ベタだけどわかりやすくガンダムにたとえると、アムロやシャアみたいなニュータイプではなく、ランバ・ラルみたいな戦士が戦って死んでいく「哀・戦士みたいな話だった。

 

「ローグ・ワン」のエンディングからエピソード4の冒頭まではほんと数分の時間差しかないので、4に出てきていない人は、つじつまを合わせるためにとりあえず全員死ぬ。

そういうストーリー構成上の制約があってのことだと思うけど、この死んでいくというのが、これまでのスターウォーズ本編とは違った味わいを生んでいて、賛否両論あるだろうけど個人的には結構よかった。
特に後半の、それぞれの人がそれぞれの場所で同時進行で奮闘する感じはめっちゃ興奮した。ドニー・イェンたちアジア系の活躍はふつうにうれしいし。
 
それなりに思い入れのあるスターウォーズシリーズの新作が好きな感じに仕上がっていて良かったと思う。

 

だけど、そういういいところがある一方で、どうにも引っかかってしまった点があったのも事実。

ただ、ひと通りネットで探してみた感じだとあんまり他の人はその部分に言及していないっぽい。ほとんどの人は気にならないレベルなのかもしれない。


引っかかってしまった点をネタバレしないように説明すると、やるのかやらないのかっていう重大な決断をするシーンで、その決断をした理由を語るところ。

 

「これまでさんざん汚い仕事もやってきたけど、それもこれも目的のためだとおもってやってきた。ここであきらめたら、今までやってきたことがぜんぶ無駄になってしまうじゃないか!」っていうようなセリフを、すごくかっこいい感じで言ってる。

 

たしかに、「あきらめたらそこで試合終了」「続けたやつが全員成功するとは限らないけど続けたやつしか成功できない」みたいなことはいろんなところで言われてきたし、それはそれで正しいと思う。

でもこのセリフで引っかかるのは、「今までやってきたことが無駄になってしまう」っていうところかな。


これって、ギャンブル中毒の人もよく言うロジックじゃないか。

今日すでに3万円スッてる人が、さらにお金を突っ込んでしまうとき、「今やめたらスッた3万円が無駄になる。ここからスッたぶんをとりかえさねば」みたいなことを言い。そして結局10万円負けて終了。

あと、アメリカとの戦争を開始してしばらくたった日本軍。各地で玉砕しまくっている報告はあがってきているのに、戦争をやめられない。「今やめたら亡くなった英霊が無駄死にになってしまう」みたいなことを言って、さらに無駄死にを増やしてしまい、ついに原爆まで落とされてしまう。

 

高速増殖炉もんじゅに税金を突っ込み続ける政府も同じ気持ちなのかもしれない。他にも洋の東西を問わずいろいろ例はあるでしょう。人はときどきこういう非論理的なことを言ってしまうものらしい。


「ローグ・ワン」の名台詞も、なんだかそういうのと同じロジックのように聞こえてしまって、なんともモヤモヤしたのでした。

「おんな城主 直虎」は大河じゃなくて"小川ドラマ"の予感

 先週こういう記事を書いて、「おんな城主 直虎」について妄想をふくらませていた者です。

guatarro.hatenablog.com

いろいろ書いたけど一言でいえば基本的に半信半疑の姿勢。
いい方向に転べば、大河ドラマに新しい風を吹きこんでくれる作品になるかもしれないなと思ったし、そうでなければ、地味だしヌルいしって感じの作品で終わるかもしれないなと。

 

そんな気持ちで第一話を観終えての感想。

戦国時代っていうと、日本の歴史上でも屈指の有名人が全国各地に同時多発でたくさん出てきた時代。そして、鉄砲・西洋文明・茶・歌舞伎・法律・土木など、今につながる文化の流れが作られた時代。そして江戸時代以降の日本人が数百年間いろんな物語を通じて慣れ親しんできた時代。

1560年〜1615年までの50年ほどは日本のどこを切り取っても、キャラ立ちした人物たちがしのぎを削って、新しい価値観に出会い、過酷な運命に翻弄されてるわけで、これほど大河ドラマにしたくなる時代はほかに幕末ぐらいしか見当たらないわけで。

なので大河ドラマはほっとくと幕末と戦国時代を交互にやってたまに源平合戦をやるだけで十分になりがち。視聴者もそれを求めてるし。あえてそれ以外の時代に挑戦した作品といえば「北条時宗」とかごく一部。

 

その点、「おんな城主 直虎」も、戦国時代もののひとつとして、時代設定としては安全パイを切ってきた感じなのかなと最初は思った。

でもよくよくキャストを見てみると、おそろしく地味なのでびっくりした。これたぶん前半のボスキャラは今川義元だわ。桶狭間の戦いによって世間の認知度がかろうじてあるレベルの今川義元が、ドラマ前半の最大の有名人っていう事態になりそう。

織田・豊臣・徳川・上杉・真田・石田・伊達あたりの主役級がこれでもかと登場した「真田丸」の派手さと比べると、これはかなりのこと。

 

結構な挑戦になるとは思うけど、大河ドラマっぽさのカタチだけなぞって中身のない作品になるぐらいなら、地味さを逆手に取ったようなアプローチでやってくれるほうが、見ごたえありそうだとも思う。
山奥でひっそり暮らしていた豪族が、世界の片隅で翻弄されていくお話をしっかり見せてくれれば。

脚本家は朝ドラの「ごちそうさん」を書いた人だそうで、この地味さを丁寧にやってくれるのではないかと期待したい。

www.oricon.co.jp

さっそく第一話からそういったところは散見されてる。歴史に名を残すような偉大な人はいなくて、ただただ必死に生きてる地方豪族の姿があった。そういったふつうの人たちの内輪もめをじっくり見せてもらえるドラマなんだなと理解したわけ。それはそれでおもしろそうなので、期待しておく。

 

ただ、もしその路線で成功したとして、それって大河ドラマって呼べるのかという話になってくる。作品の出来不出来とは別に、そこは気になる。

教科書に載るような大事件や、現代人が「尊敬する人物」に名前を挙げるような偉人の大活躍を描いてこその大河ドラマなんじゃないかと、自分なんかはそう思っているクチなもんで、第一話を観てると、なんか朝ドラみたいだなという感じがした。

 

でももしあえてそこをやらないのであれば、それはそれでいいけどね。大河っていうスケール感はなくても、すごくおもしろい小川みたいなものを丁寧につくってくれればいい。

そしたら今年はもう「真田丸」のような怒涛の展開(武田滅亡〜本能寺〜小田原攻めとか)を求めるのはやめて、じっくり地方豪族の右往左往を味わおうって腹をくくれるから。

よろしくお願いします。

ここ10年の大河ドラマの傾向から「おんな城主 直虎」を大胆予測してみた

2017年の大河ドラマの主人公は井伊直虎
はっきりいって無名の人物ですよ。

 

幕末と戦国時代とその他の時代を適度にローテーションしつつ、主人公の性別も適度に女性というバランスから考えて、たしかに2017年が戦国時代の女性というのは納得できる。
しかし、なぜ井伊直虎なのか。

そこにどんなメッセージを読み取れるのか、そして期待していいのか、といったあたりをいろいろ妄想してみた。

 

なぜ井伊直虎なのかを考える上でまず押さえておきたいのが、ここ10年の大河ドラマに存在している、2つの大きな流れ。

 

リアル志向

ここ10年の大河ドラマに存在する傾向のうちひとつめは、リアル志向。

龍馬伝」や「平清盛」などは特に顕著だった。

平清盛は画面が暗くて地味だ」と兵庫県知事が文句を言ったニュースを覚えている人もいるかもしれない。

 

昔の時代劇、つまり歌舞伎の流れをくむ様式美な作り方ではなく、リアルな設定、リアルな美術、リアルな時代考証を追求したいという意図が感じられる大河ドラマがいくつかつくられた。
(ちなみに言葉遣いに関しては、逆にリアルから遠ざかっている気がする。往年のジェームス三木脚本などは、21世紀の日本人にはもはや聞き取れないレベルでガチ)

 

このリアル志向については個人的には大好物なんだけど、世間的には賛否が分かれるようで、大河ドラマの作り手のなかでも少数派っぽい。
そろそろこの路線でまたやってほしいなと思っていたところ、今度の主人公は井伊直虎だというニュースが飛び込んできたわけ。

 

井伊直虎っていう、わざわざこんな無名な人物を取り上げるからには何か意図があるに違いないわけで、それは地元の自治体の招致活動が実を結んだというのもあるだろうけど、それだけじゃないと思いたい。

ではどういうわけなのか。
考えていくと、近年のリアル志向のことに思い至る。

 

そしてちょうど本屋に行ったらちょうどこんな新書が出ていた。

井伊直虎 女領主・山の民・悪党 (講談社現代新書)

井伊直虎 女領主・山の民・悪党 (講談社現代新書)

 

 

帯のコメントに「2017年大河ドラマの主人公はリアル「もののけ姫」だった!」とある。完全にピンときてしまった。

当時の井伊一族の領地は現在でいう浜松市引佐町という、静岡と長野の県境になっているかなりの山奥一帯。つまり田畑を耕して暮らすというよりは、炭を焼いたり、鉄を生産したり、獣を狩ったり、川を使って交易したりといった感じになるだろうと。そんな土地の女領主ってことで、「もののけ姫」とか書いてるけど、おそらくエボシ御前みたいな感じだろう。

 

よく知られていることだが、「もののけ姫」の世界観の背景には、網野善彦の影響がある。

網野善彦って人の功績についてものすごくざっくり説明すると、いわゆる「士農工商」じゃない人たちにスポットをあてたこと。川や海や山を拠点にした人々や、芸能や技術を身につけて定住せずに暮らしていた人々が実は日本の歴史上とても重要なんだよということを明らかにした。

もしもそんな網野史学が色濃く反映された大河ドラマになるんだとしたら、リアル志向の流れがいよいよここに極まってくる感じだ。

山奥を転々として暮らしている山の民である井伊一族が、京の都のカルチャーにめっちゃ影響された大大名・今川家とぶつかることで、価値観のゆらぎを体験する、みたいな話だったら最高だなと。

 

女性主人公

ところで、ここ10年の大河ドラマのもう一つの流れというのが、女性が主人公になる頻度が上がっていること。
篤姫」「江」「八重の桜」「花燃ゆ」と、4割が女性主人公の作品になっており、その前の10年間では「利家とまつ」しかないのと比べると明らかに増えている。

 

よく言われるように、いわゆる「歴史」といえば男性中心のものとされてきた(historyという言葉を「his+story」と分解できることが象徴的だよねという話もよく引き合いに出される)。
たしかに教科書に出てくる人名といえば圧倒的に男性ばかり。
洋の東西を問わず昔は女性の地位が低かったわけで、歴史上の人物が活躍する大河ドラマの主人公だってどうしても男性ばかりになりがち。

とはいえ、現代は男女同権であり、国や都市や企業のトップが女性であることも珍しいことではなくなってきた。つまり、未来からみた「歴史上の人物」の男女比はどんどんフラットになりつつある。

そんな時代に、過去の歴史上の人物を大河ドラマ化するとなると、主人公が男ばかりというのはいかがなものか。視聴者も半分は女性なのだから、男ばかりだと感情移入しづらいだろう。などという議論が、NHKのなかで行われているに違いない。
そんな思いが反映されたのが、女性が主人公になる割合。

 

その心意気、大いにアリだと思う。
基本的には大賛成なんだけど、ただしもろ手を挙げて‥っていう気持ちにはなれない。というのも、女性が主人公の大河ドラマは構造上、致命的な問題を抱えているから。
どういうことかというと、女性主人公たちについてわかっていることが少なすぎる。そういう人物が実在したことと、かろうじて生まれた年と死んだ年ぐらいしか、一次資料では確認できないことがほとんど。本当の名前すら怪しいケースだってある。
あとは、その人物が何年にどこにいたかを推測していくぐらいしかできなくて、どんなことをやったかはすべて想像。

 

活躍しすぎる問題

この想像というのがくせ者で、大河ドラマの女性主人公たちは必要以上に活躍しすぎるのである。
たとえば篤姫なんかは、西郷隆盛を説得して江戸城無血開城を実現させたりしている。たしかに、その時期に江戸城にいたことは事実だろうけど、そこからあまりにも想像力を羽ばたかせすぎてる。
こんな感じで、大河ドラマの女性主人公はとにかく歴史を裏であやつりすぎる傾向があるわけ。

 

あ、念のためだけど、「女にそんなことできるわけない」とかそういうことが言いたいわけではないですよ。それに男性主人公であっても、たとえば真田丸だって、実際の真田信繁があれほどの切れ者だったかは怪しいと言われているし、多少の主人公補正や飛躍はドラマとして楽しめばいいと思っている。

ただ、女性主人公は史実として使えるネタが少なすぎるため、どうしても想像の割合が大きくなってしまうということ。いきおい、それはないだろうという大活躍をやってしまいがちで、それがやりすぎると観ているこちらとしてはどうにも白けてしまう。

 

今回の直虎についても、そういう匂いがプンプンする。
幼い徳川家康の命を救って今川家に届けたり、桶狭間の戦いに参戦して大活躍したり、それぐらいのことはやりかねない。気をつけて見守りたい。

 

どちらに転ぶか

というわけで、ここ10年の大河ドラマの傾向から「おんな城主 直虎」を大胆予想してみたんだけど、どちらに転ぶかは正直わからない。


大河ドラマ「おんな城主 直虎」3分でみどころ紹介<2017年1月8日放送開始>

 

これを観るかぎりでは、網野史学っぽさ、もののけ姫っぽさはあまり感じられない。

単に登場人物が地味なだけの作品になってしまうおそれもある。ちょっと嫌な予感がする。

 

そこでもう一本の公式動画。


大河ドラマ「おんな城主 直虎」ライブ編

鎮座DOPENESSがラップするというノリは、「平清盛」でエマーソン・レイク・アンド・パーマーの曲を使ったのと同じ匂いがするし、映像の質感もそっち寄りの感じ。

もしももしも「おんな城主 直虎」が全編こちらのテイストで作られてるんだとしたら、めっちゃ楽しみ。可能性は低いけど。

 

どちらに転ぶかはわからないけれど、少しは期待しておこうと思いました。

10年ぶりにブログやってみる

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

大昔にブログやってたんだけど、Twitterを始めたことと、あと特に書きたいことがなくなったのが原因で、10年ほどブランクができてしまった。

しかるに昨今の情勢を見るにつけ、また言いたいことが出てきた感じがあり、始めることにしました。

 

よろしくお願いします。